excuse




、知ってるか?実はサンタって換気扇から入ってくるんだぜ?」
「―――スイッチ入れたまま寝ちゃったら、ホラーじゃない」


大学近くのハンバーガーショップ。
1時間でレポートを書ききってやると意気込む高橋くんに付き合って、私は3杯目のコーヒーを飲む。
夢がねぇなぁと言う高橋くんに、どっちが、とそっぽを向く。


「換気扇からって、どうやって入ってくるの?あんな狭いスペースから。羽取って入ってくるの?」
「そうそう。だから綺麗に掃除しとかないと、サンタの手が油でベトベトになっちまうんだよ。その手で頭とか撫でられてみろー?」
「……やっぱホラーじゃない」


高橋くんとは大学の同じクラスで、春に一番最初のフランス語の授業の後「ノートを見せて欲しい」と声を掛けられてから、何かと一緒にいることが多い。
とは言ってもきっと私は便利ツールくらいにしか思われていないだろう。
今日も、余ってる原稿用紙を譲ってくれと引き止められたのだ。


「あと1時間でレポート締切だよ、大丈夫?」
「お前、ちょっと窓口にある時計を3時間くらい遅らせてきてくれ!」
「……無茶言わないでよ」


とりあえず「ですます調」で文字数を稼ぐ!
そう言って髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら原稿用紙とにらめっこする高橋くん。
年に何度かしか見られないそんな彼の表情に思わず見とれながらも呆れ顔。


「クリスマスなのになぁ」


特に意味もなく思わず唇から零れてしまった言葉は、幸い高橋くんの耳にはちゃんと届かなかったらしい。


「何か言ったか?」
「何でもなーい」
「もうちょっと待ってろよ!あと5枚書けば終わるから!」
「……結構残ってるね」


私は苦笑いしながら窓の外に目を向ける。
普段はそんなに気にならないのに、今日はやたらとカップルが目につく。
幸せそうに腕を組んだり手をつないだり。
あの人たちはレポート出し終わったんだろうなぁ。


「やっべーよ、!マジで1時間でいいから時計の針遅らせて来て!!」
「そんなこと言ってる暇があったら手を動かした方がいいと思うよ」
「うわ、、妙に冷静でキツイわ」


大体、こんな訳分かんねー単語ばっかり出てくる本読んでレポート書けなんて言うなよな!
今さらのような不満をぶつぶつとこぼしながら、高橋くんは再びレポートと格闘を始める。
でもすぐに飽きちゃうのか、また口を開く。


「これ終わったら、飯食いに行こうな!」
「え?ああ……うん」
、何食いたい?」
「えーと……そう言う相談はレポート終わってからでいいと思うよ」
「お前、ホント冷静できつい」


何と言うか、私の台詞は殆ど照れ隠しだったんだけど。
まさか、今日夕飯を一緒になんて言われると思わなかったから。
だって、今日はクリスマスイブだよ?
普通可愛い彼女とかと待ち合わせするでしょう?


「―――結構今の、勇気要ったんだけどなぁ」
「え?」


独り言のような高橋くんの言葉。
何のことかよく分からなくて聞き返したけど「何でもねーよ!」とちょっと睨まれただけだった。
一体何なんだ。
私は肩を竦めながら、また窓の外を眺める。


「あー、陽が暮れていくー」
「……それ、俺へのプレッシャー?」
「それは被害妄想というヤツだよ」


外灯が点り始め、通りを飾る青と白のイルミネーションもキラキラと輝きだす。
その光の粒を見ながら、ふと思った。


何で私、ここにいるんだっけ?


余った原稿用紙をあげるだけなら、さっき道で会った時にそれを渡せばいいだけだったのに。


「とりあえず、あそこ入ろうぜ」


そう言ってハンバーガーショップを指差した高橋くんにつられて、何も考えることなく一緒に入ってしまった。
と言うか、大概いつもこんな感じだ。
授業のノートを貸す時も、「今写すから待ってて」と言うので高橋くんがノートを写し終えるのを待ってしまう。


「よっしゃー!終わったぜ!!」


私の前で思い切り万歳をする高橋くん。
解放感に満ち溢れたその笑顔は、いつも以上に明るく見える。
だからつい私も一緒に笑顔になってしまう。


「うしっ!じゃあ、これ出して、飯行こうぜ!メシ!」
「そんなにお腹減ってるの?さっきチーズバーガー食べてなかったっけ?」


ウキウキとペンをケースにしまい、高橋くんは鞄を開く。
別に覗き込むつもりはなかったけれど、何気なく見てしまったその中に―――


「―――あれ?」


私は頬杖を突いていた手を離す。
今見えたの、原稿用紙だと思うんだけど……
私の声に、高橋くんはまるで「しまった」とでも言いたげに顔を顰め、慌てて鞄を隠す。
でもその仕草が何よりもの証拠なんじゃ……。


「……見た?」


苦笑いしてこちらを見る高橋くんに、訳が分からないままコクリと頷く。
訝しげな顔をしてしまう私から目を逸らし、「とりあえずレポートだ、レポート!」と高橋くんは椅子からガタガタと立ち上がった。








外に出ると、太陽が沈みきってしまったせいか空気がさっきよりも冷たい気がした。
少し前を歩く高橋くんの歩調はレポート提出で焦っているのか、ちょっと速くて私は一生懸命ついて行こうとする。
高橋くんは原稿用紙を持ってたのに、何で私に余ってたら欲しいなんて言ったんだろう?
―――なんて考える余裕もなく、ついて行くのに必死だ。
そうやって必死に歩き大学に戻ると、期限ギリギリに提出しようという学生が何人か窓口の前に並んでいた。


「ちょっと出してくるから、メシ何がいいか考えとけよ!」


そう言って、高橋くんはその列の中へと駆けて行く。
夕飯……夕飯か。
とりあえず、こっちの問題の方が簡単そうだから待っている間に考えることにした。
クリスマスって言うと、チキン?
チキンって言えば、最初にノート貸した時、お礼って言って学校の近くの定食屋さんで鳥唐定食おごってくれたっけ。
……え、えーと、やっぱり中華?
中華って言えば、天心のおいしい店があるんだって言って、前橋の方のお店まで行ったこともあったっけ。


「おまたせ!何にするか決まったか?」


ぜんぜん。
余計なこと考えてて決まらなかった。
私が首を横に振ると、そんな私の反応を予想していたかのようにあっさりと「じゃあ俺の知ってる店行く?」と聞いて来る高橋くん。
もちろん私はコクコクと頷いた。






さっきお店の中から眺めていたイルミネーションの中を、今度は高橋くんと歩く。
ケーキ屋の前に立っていた、随分と痩せぎすなサンタに突っ込みを入れたりしながら。
そして賑やかなイルミネーションが途切れかけた時、私たちの会話も途切れてしまった。
そうやって一度沈黙が訪れると、また答えの出ない疑問が頭の中を支配し始める。
人通りも減って来て、二人の足音が妙に耳に響いたりする。


「ごめんな」
「え?」


突然の高橋くんの言葉に、私は戸惑いの声。


「俺、実は今日ちゃんと原稿用紙持ってたんだよね」


どうして?って聞きたかったけど、何だか声が出てくれなかった。


「さっきに会ってさー、何とかして引き留めたくて咄嗟に嘘ついちまった」


そう言って苦笑いを浮かべた高橋くんが私の方を見る。


「つーか、今日はどっちにしろ夕方には一度連絡しようと思ったんだ。一緒に飯食おうと思って」
「メシ?」
「だって、やっぱりクリスマス・イブは好きな奴と飯食いたいじゃん!」
「うん……って……え?」
「だ、か、ら!クリスマスは好きな奴と一緒にいたいだろ!?」
「え?」
「えっ、じゃねーよ!俺の一世一代の告白を何回やらせる気だよ!」


俺はチキンハートだから告白するのにすっげー勇気が要るんだからな!
冗談めかした彼の台詞に、私は場違いと思いながら、トリカラ定食を思い出してしまった。


「ごめん」
「ごめん!?」
「あ、いや、その、その『ごめん』じゃなくて」


チキンハートらしい高橋くんが、私の言葉に顔を引き攣らせている。
ちょっと。
ちょっと待って。そんなの、全然聞いてない。


「俺、けっこー今までも頑張ってたと思うんだけど」
「な、なにを?」
「俺が自分から話しかける女の子って、お前だけだったんだぜ?知らなかった?」


知らない知らない。
私はブルブルと思いきり首を横に振る。
そっか、とわざとらしい位に肩を落とす高橋くん。
でも立ち直りも早い。


「ま、過去のことをとやかく言ってもしょうがないか!大事なのはこれからだよな!」


そう言って、また、いつもの明るい笑顔。
そしてまた私もつられて笑顔になる。


うん。
私も好きだ。


「とりあえず、飯行こうぜ!」


高橋くんが私の手を握って引っ張る。
私は頷いて、ちょっとだけ高橋くんに寄り添う。


「ね、年明けたら、また鳥唐定食食べに行こうね」
「は!?」


私は笑いながら高橋くんの手を、ぎゅっと握った。