funny




「うおー!あっちぃー!!」


啓介は獣のような声を上げて、一番奥の窓まで猛然とダッシュした。
もう陽が落ちてから暫く経つと言うのに、部屋中熱気でむんむん。
速攻でクーラーを付けたいのを抑え、まず空気の入れ替えをする為に窓を開ける。
これは私の教育の賜物だよね。
玄関で靴も揃えず部屋に駆け込む彼氏を眺めつつ、無理やりそんなことを思う。


「まだあっついから電気点けんな!」


ありとあらゆる窓を開けるために駆け回る啓介が私に向かって叫ぶ。
ここ最近私の部屋に戻ってくると繰り返される台詞に私は小さく肩を竦め、鞄を床に置いた。


「啓介って、夏大好きって感じがするけど。」
「ああ、好きだぜー、可愛いギャルたちは皆ノースリーブんなるし。」


ケケケと笑いながらそんな死語を使う。
私はあからさまに「ばーか」って言う顔を啓介に向けて、冷蔵庫のドアを開けた。
ひんやりした空気が流れ出てくる。
気持ちいい。
部屋が暑いせいなのか、顔が熱いせいなのか、よく分からないけど。


「あ、何お前一人で涼んでんだよ!?」


ソファに寝そべるように座っていた啓介がドカドカとキッチンの方へやって来る。
「そうじゃないでしょ?」と麦茶の入ったガラスのポットを取り出して慌てて冷蔵庫を閉めた。


「―――麦茶、飲むでしょ?」


さっきから暑い暑いと連呼しているくせに、啓介と私の間の隙間は、きっと5センチもない。
しゃがみこんだまま冷蔵庫のドアに凭れた背中には、ジジ・・・と言う僅かな振動が伝わってくる。
冷蔵庫って、中はすごく涼しいくせに、外側は結構暑い。
ジワリ、と汗をかく。


「んー・・・後でいいよ。」


啓介が私の手からポットを取り上げて、コトリと床に置く。
そして、ポットの水滴が付いたままの私の手を取って「冷たくて気持ちいい」なんて言う。
まだ暗がりに慣れてなくてはっきりとは見えないけど、でも、またいつものように悪戯ぽい笑みを浮かべてるんだ。
だって、声が、少し掠れてる。


わざとらしいくらい、大げさに嫌そうな顔をして啓介を見上げる。
でもそんなもの暗くて見えませーんって感じに、啓介はニヤリと笑う。
触れそうで触れてこない啓介の唇が、頬から耳元、首筋へと移ってく。
二人の呼吸の音、私の心臓の音の間を、ブーンと言う冷蔵庫の低い音が行き来する。
冷蔵庫のドアから床に移動した啓介の手が、私の手の上に被さる。


「このまま、しよっか。」


まるで、小さな悪戯か何かを思いついたような楽しそうな声。
でも、素直にうんと頷けるはずがない。
期待してなかったとか、そう言うことじゃなくて―――だって、汗だって沢山かいてるし。


「・・・窓、全開なんだけど。」


私の声も掠れてる。
それは、窓が開いてて小さい声を出さなきゃって言うよりも、もっと―――


「いいじゃん、声我慢すればいいんだよ。」


さっきよりも更に楽しそうに囁く啓介。
そんなの無理って、言うのも、何となく悔しい。
変なところに意地っ張り。


「声出してくれるもすっげーそそるけどさ、声我慢するもよさそうだと思わねぇ?」
「へんたい?」
「知らなかった?」


こう言うとき、啓介のほうが上手だと思う。
・・・って、こんなときだけ上手なヤツってどうなのよ?


「後で二人でシャワー浴びようぜ。」


そんなにうちのお風呂は広くないでしょ。
そう言い返したかったけど、もう、出来なかった。