グラス




何か目の端に手を振ってる物体が映ったけれど無視した。
いや、たぶん、あいつなんじゃないかと思ったんだけど、その顔に見慣れないパーツがくっついてたから脳がシャットアウトしたんだと思う。
その数秒後、情け容赦ない力で頭をど突かれた。


「てめぇ、無視してんじゃねぇよ。」


その声はやっぱりあいつのもんだった。
顔を見上げれば、見慣れた金髪。
いや、でも、その顔の上のほうに付いているのは・・・。


「何ぼけーっとした顔してんだよ!」
「いたっ!」


また頭をど突かれた。
その力はどう考えても愛しい彼女に対するスキンシップの範疇を超えていると思うんだけど。
ムカついて、私も反射的に思いっきりそいつを突き飛ばした。
こんな女のか弱い力でそんなにヨロけて見せなくてもいいんじゃないの?
ジトリと睨んでやったけど、その顔はやっぱり違和感があって落ち着かない。


「何でそんなのしてんのよ?」
「何が?」
「それ。メガネ。」


そう言って、その顔にかけられていた眼鏡を指差すと、そいつはわざとらしく思い出したように「ああ・・・。」なんて言って、それの位置を直した。
外せって。
あんたこの前、目のいいの(だけ)が自慢だとか言ってたじゃないの。


「いや、最近ちょっと目が悪くなってきてさ。さっきゼミの発表があったから、ちょっと目ぇ見えないとヤバいなぁと思って。」
「・・・眼鏡なんて持ってたんだ。」
「イチオウな。」


そう言って、ニヤリと笑って私を見下ろす。
そんな、何か企んだような意地悪いような笑み、今まで嫌って言うほど見てきてるけど・・・どうも、落ち着かない。
眼鏡ひとつで別人になるわけはないんだけど。
そんなことは分かってるんだけど、目の前の男をまともに見ることが出来ない。
まさか、私、て、照れ・・・。
頭に浮かんだ言葉を、ブンブンと振るい落とし、代わりにそいつに言ってみる。


「何か変!」
「何だとぉ!?」
「インテリの不良みたいっ。」
「・・・って、どんなだよ!」


ペシリと私の頭をはたいたヤツは、それでもまだ眼鏡は外さない。
うっ!そんなに顔を近付けるな!!
そいつはムッとした表情で私の顔を覗き込み、そしてじーっと見つめた後、何かを察したのか、何を勘違いしたのか、またニヤと笑う。


「同じゼミの女には似合うって評判よかったんだけどなぁ。」
「その女、見る目ないわね。」
「素直じゃないなぁ、は。」
「何わけの分かんないこと言ってんのよ。」
「あ、分かった。これで似合うなんて言って俺がずっと眼鏡するようになったら、女にもてちゃうから困るんだ?
あ、でも今もモテてるけど〜。」
「勘違いもそこまで行くと清々しいわねっ。」


私がムキになって言い返せば言い返すほど、そいつは嬉しそうにカカカと笑う。
そして、やっとその、かけてもかけなくても変わらないような薄ぅいレンズの眼鏡を外した。


「しょーがねーなー。眼鏡はお前の前でだけしてやるよ。」
「って言うか、寧ろ、私の前ではしないで!」
「何だよ、眼鏡かけた俺に惚れ直しちゃうから?」


そう言って、また、ずずいと私に顔を近付ける。
今度の顔は見慣れているものだったから、ちょっとほっとしたけど―――息のかかる位置って言うのはやっぱり別の意味で落ち着かない。
私が後ずさりするより先に、そいつが私の耳元で囁くように言った。


「俺はいつもに会うたびに惚れ直してるぜ。」


一瞬、思考が停止しかかったその直後。


「なぁんてなー。」


高らかに笑って言い放つバカ啓介。
私はさっきの3倍の力を込めて突き飛ばした。