ほたる族?




今日の夜は、いつもよりちょっと涼しい。
クーラーを止めて窓を開けたら、気持ちいい風が部屋に入り込んできた。
国道から一本入った道に面した小さいマンションで、別に綺麗な景色が見えるわけじゃないけど、星は、比較的よく見える。
そんなことに気がついたのは、あいつとベランダに出るようになってからだけど。


「あ、昨日片付けなかったっけ。」


ベランダを覗き込んだら、クーラーの室外機の上にビールの空き缶が三本並んでた。
内訳は、私が半分。あいつが二本半。
半分って言うのは、私の飲みかけをあいつが横取りしたからだ。
腹が立つ。
いいけど。


「車なんだからあんまり飲まないほうがいいよ。」


っていっつも言うんだけど、


「だーいじょうぶだって!」


ってあいつは聞く耳持たない。
そのくせすぐに「飲みすぎたー。」なんて言って酔ったふりして私のベッドに寝転がっちゃうんだから。
腹が立つ。
いいけど。
私は冷蔵庫からビールを取り出して、二つ並んだサンダルの小さいほうを履き、ベランダに出る。
気持ちいい風。
綺麗な星空。
今日もあいつがいればいいのに、なんて考えて、ちょっと恥ずかしくなる。
そんな恥ずかしさをごまかすために、プシュッと缶のプルタブを開けた。


「あー、おいし。」


はふーと息をつき、ベランダの柵に寄りかかる。
室外機に並べられた缶の隣りには綺麗に洗われた灰皿。
あ。あいつ、昨日ちゃんと洗って帰ったんだ。
案外そう言うところマメと言うか、ちゃんとしてるよね。
私の教育の賜物?もともとの育ちか。


あいつは自他共に認めるヘビースモーカーで、初めてあいつが私の部屋に来たときも、煙草を吸いたくてうずうずしてた。
ここは賃貸マンションだから壁を黄色くしたくなかったって言うのもあるし、ただ単にちょっと意地悪したかったって言うのもある。
煙草を取り出して「吸っていい?」と聞くあいつに、私は「吸うならベランダね。」なんてニッコリ笑って言ったのだ。
半分冗談だったんだけど、


「ちぇー、俺も蛍族の仲間入り?」


ってブツブツ言いながらも、笑いながらベランダに出て。


「あー、外で吸う煙草はやっぱ旨いよな!」


私を振り返ってそんな強がり。
あのときの引きつった笑いを思い出すたびに可笑しくなる。
で、そんなあいつをからかいながら、私もベランダに出たりして、そのうちにビールまで持ち出すようになって。
今じゃ、居間よりもベランダにいる時間の方が長い気がする。
あいつのことを思い出そうとすると、必ずベランダでタバコの火を赤く灯す姿になっちゃうなんて


「―――ちょっと変だよね。」


可笑しくて、小さく笑ってビールを飲む。
ちょっと苦いかも―――なんて、気のせいかな?
首を傾げてたら、国道から曲がってくる、よく聞き慣れた爆音。
この音を聞いただけで何となくそわそわしちゃうなんて、実は私も教育されちゃってる?
部屋の下の空スペースに、黄色い車が綺麗におさまる。うるさい車なのに繊細なのよね。
車のドアを開けて二階を見上げ、私の姿にびっくりしてるあいつに、小さく手を振ってみた。
その直後に携帯が鳴る。


「おまえ、何してんの?」


直接話しかけてきたって十分に聞こえる距離なのに携帯にかけてくると言うのは、一応夜だから考えてるのかなぁ。
そんなことを考えると、また可笑しい。繊細なのよね。


「ちょっと星を見てるの。」
「一人で?うわっ、さびしーっ。」
「ほっといて。」
「なになに?俺のことが恋しくなっちゃった?」
「んなわけないでしょ。」
「俺はお前のことが恋しくなって会いに来ちゃったんだけど。」
「え。」
「なぁんてな。」


・・・この男・・・。
腰に手を当てて、カカカって笑ってる。電話口からもその笑い声が聞こえる。


「今日は走りに行ったんじゃないの?」
「ん、ああ、ちゃんとこれから行くよ。」
「ふぅん。」
「やったらすぐ帰るから。」
「―――今すぐ帰れ。」


冗談だって、ってまた可笑しそうに笑う。
ほんとに冗談なんだか。まったく。
腹が立つ。
・・・まあ、いいんだけど。


「お前も素直に会いたかったって言えよなー。」
「啓介こそ、素直に言ったら?」
「え、素直に言っていいの?やらして。」
「・・・ドアはチェーンかけとくから。」
「もー、は冗談が通じなくて嫌だなー。」


また笑いながら階段の方へと歩いて行く啓介。
カンカンって階段の音が響く。


「ちょっとそのベランダで煙草吸いたくなったんだよね。」


そう言った声が少し照れてるのがわかる。
そんなこと真面目に言わないでよね、こっちまで照れるでしょ。


「ふーん、どうだか。」


だからつい可愛げのない返事をしちゃうのよ。
ほんとは私だって、啓介に会いたかったんだけど。
って、昨日会ったばかりなのになぁ。


「あ、もちろん、ついでにあんなことやこんなこともさせてもらえると嬉しいんだけど。」
「・・・この、エロオヤジ!」
「えぇ?心外だな、俺はを喜ばせようとだなー。」
「帰れ、今すぐ帰れ。」


そう言いながら、啓介用のビールを冷蔵庫から出しちゃう自分ってどうなんだろう?
何だか恥ずかしくて、ほんとにチェーンかけちゃおうかと思った。