車に寄りかかって、空を見上げる。
その深い、深い青は、俺の中にじわりと沁み込んできて。
目をゆっくり閉じても、暫くその青の中に漂っているような、そんな錯覚を覚えた。


平日の午後の赤城。
途中何台かの観光バスや家族連れに車とすれ違ったけど、この駐車場はすごく静かだった。
遠くで木々の揺れる音も、鳥の鳴く声も、全部聞こえてきそうなくらい。


また目を開けて、空を見る。


雲一つなくて、気分が浮つくくらいのいい天気なのに
別の、全然違う感覚が、肺の奥のほうでくすぶっている。
たぶん、さっき、あいつを見たせいだ。


「―――俺、いつからこんな未練がましい男になったんだよ?」


思わずそんな言葉を漏らすと、自嘲的な笑みに、自然と口元が歪んだ。


午前中、教室の移動でキャンパス内を横切っていたとき、やっぱり同じように小走りで移動している女がいた。
綺麗に化粧なんかして、スーツなんか着ているから、初め誰だか気付かなかった。


耳には、前に見た小さなピンクのピアスがついている。
あんまり靴が履き慣れてねぇのか、今いち歩く様子がぎこちない。
でも、その紺のスーツは、似合っていた。
髪も綺麗にまとめてて、ちょっと見、キャリアウーマンぽい。
―――時々ふらつくけどな。
何か、そのアンバランスな姿に、俺は思わず足を止めて、笑っちまった。


声はかけなかった。
俺はもうじき講義始まっちまいそうだったし。
あいつも、何か忙しそうだったし。
―――あれは、まだ、鞄に入ったままだけど。


就職活動なんか、ちゃんとしてたんだな。
どんなとこ狙ってんだろう。
あいつって、案外オヤジうけしそうだよな。
就職課の中へといそいそと入っていくそいつの背中を眼で追いながら、そんなことを考える。


「―――頑張れよ。」


そんなこと、こんなとこで言っても、あいつには届きやしないけど。
この空を見たら、口に出さずにはいられなかった。


あいつは、確実に、前に進んでいる。


ちょっとだけ、痛みのようなものが身体の中を走りぬけたけど。
でも、やっぱり―――嬉しかった。


「頑張れ。」


もう一度、口に出す。
その言葉が、俺の中にも力を、与える。


青が―――眩しい。