たいしょう




恋って何だろう?


そんなこと、友達に聞いたりしたら大笑いされるだけだし。
そう言うのは、分かってて当たり前、みたいなところがある。
でも、本当に分かっている人っているんだろうか。
少なくとも、私にはよく分からない。


学食に行く。
食券を買ってカウンターに置く。
カレーライスが出てくるのを待つ間、ぐるりと周囲を見渡す。
やっぱり、その人はいた。
いや、正確には「その人たち」なんだけど。
お昼の時間、ここに来ると必ず同じ場所にいる人たち。


その中に一際目立つ人がいる。
それはたぶん、ここにいる人たち皆が認めることだと思う。
栗色って言うんだろうか、鳶色って言うんだろうか。
そんな明るい髪と目の色が印象的な男の人。


顔つきは「精悍」って感じで。
たぶん黙っていると、ちょっと怖い感じだと思う。
でも、いつもお友達と楽しそうに笑っていたりするから、ちょっと見、整ったイメージしか与えない。


とにかく目立つ。
すごく目立つ。
私がついつい目で追っちゃうのは、仕方がないんだと思う。
つい意識しちゃうのは、きっと私だけじゃないんだ。
だから、これは「憧れ」までも行かない気持ちで。
ましてや、「恋」とは程遠いものだと思う。


私はあの人のこと全然知らないし。
当たり前だけど、あの人は私の存在さえも認識しているかどうか。
だから、恋なんて言うのはおかしい。
うんうん。
いつもそうやって自分を納得させて終わる。


カレーを食べていると、その人の笑い声が耳に入ってくる。
その声だけで自分まで楽しい気分になってしまうなんて、我ながらお手軽だ。


今日も学食に行く。
毎日カレーはつらいから、今日はハヤシライス。
まあ大して変わらないけど。
ハヤシライスの方が何故か80円も高くて、この食券を買うとちょっとリッチな気分になる。


いつものように食券をカウンターに出す。
そしていつものように、ぐるりと食堂内を見渡そうと思ったら。
すぐ後ろに大きな壁。


私はちょっとびっくりしながら、その壁を見上げる。
そのちょっと細めの壁の上には、いつも見る、あの整った顔が乗っていて。


「―――あ、無精ひげ。」


私は何故か、緊張するより何よりも先に、そんなことを口走ってしまった。
自分でも自分がよく分からない。
とにかく慌てて口を押さえたけど、もう手遅れで。
しっかり聞こえていたらしく、その人は訝しげな顔をして、チラリと私を見下ろした。


そんな顔も、やっぱり精悍で。
って、そんなことを言っている場合じゃなく。
いくら何でも、こんなことで自分の存在を認められてしまうなんて。


「ご、ごめんなさい・・・。」
「・・・いや。」


まともに顔を見ることも出来ずに謝る私。
自分の顎をさするその人。
ご、ごめんなさい・・・。
私は心の中でもう一度呟いた。


逃げるようにハヤシライスを受け取り、端の方のテーブルに腰掛ける。
少し離れた所にいたその人の方に目をやると、その人はまだ顎をさすってた。
友達に何か話して、友達が笑ってる。
ふと、その人が視線を上げる。
ばちり、と私と目が合った。
慌てて目を逸らし、夢中でハヤシライスを食べる。


ああ大失敗。
今日はその人の笑い声を聞いても、恥ずかしくなるばかりだった。


そして今日も学食へ。
昨日の今日だから、どこか外に行こうかとも思ったんだけど、何せ金欠で。
明後日バイト代が入るまで、何とか凌がなくてはいけない。
そう言うわけで今日はカレー。


学食に、その人はまだ来ていないらしくて。
私はちょっとほっとする。
いや、別に気にすることでもないとは思う。
たぶん、あの人だって、あんな些細なこと忘れてるだろう。
しかし―――やっぱりあの人でも髭は生えるんだな。
当たり前のことなんだけど、そんな現実味が今まで湧かなかったから、ちょっとだけ嬉しかったりもする。


カレーの食券を買い、カウンターへ。
気にすることじゃないなんて言いながらも、やっぱり今日は学食を見渡す気が起きなくて。
カウンターの方を向いたまま、カレーが出てくるのを待っていた。
そしたら。


「あ、寝ぐせ。」


後ろから、ぼそり、と小さな声。
え?私のこと?
私は慌てて髪を押さえ、後ろを振り返る。
すると、あの人がニヤリと笑って私を見下ろしていた。


「昨日の仕返し。」
「は・・・。」


私は目を丸くしたまま、あんぐり口を開けたまま、声が出なかった。
と言うか、思考が停止した。
まさかこの人が、そんな「仕返し」をしてくるとは思ってもみなかったのだ。
が、暫くして我に返る。


「ねっ寝ぐせっ?!」
「ああ、冗談、冗談。」
「じょ・・・。」


また私は思考が停止した。
この人は一体・・・。
可笑しそうに、口を手で押さえて笑いを堪えるその人。


「お前、カレーとハヤシばっか食ってない?」
「なっ・・・そんなことありませんっ!」
「そうか?何か見るたびにカレー食ってる気がするけど。」


よ、余計なお世話です!
て言うか、何でそんなことを知っているんですか、この人は!!


「そんなにカレーばっか食ってると、顔が黄色くなるぜ。」
「なりませんっ!」


私がムキになればなるほど、この人は可笑しそうに笑った。
悔しくて睨む。
それも逆効果で、またケタケタと笑い出す。


おかしい。
この人は、恋どころか、憧れの対象にさえもなりえない人だと思っていたのに。
そんなこと構っている暇もなく、私はその人に言い返す。
おかしい。


「ほら、カレー出てきたぜ。」
「え?あ・・・。」


おばちゃんが、呆れたような顔をしてカレーの皿を差し出してくる。
私は慌ててそれを受け取った。
そういえば、この人は何を食べるんだろう。
チラリとその食券を覗けば、しょうが焼定食。
・・・金持ちめ。
私の視線に気付いて、その人がまた意地悪く笑う。


「なに?しょうが焼食いたいの?交換してやろうか。」
「結構です!」
「じゃあ今度日替わり奢ってやるよ。」
「・・・もっといいもの奢ってください。」


この人、見かけによらず性格悪いの?
そんなことを考えていたら、思わず本音がポロリ。
また、慌てて口を噤んだけど、当然聞こえていて。


「しょうがねぇな。じゃあ、吉牛な。」
「かっ変わらないじゃないですかっ!」


反省したこともすぐ忘れて言い返してしまう。
だめ・・・口は災いの元。
私はそそくさとその場を退散した。
後ろにその人の笑い声を浴びながら。


端に座って、つい、またその人を見れば。
またバッチリと目が合って。


今日もその笑い声を聞いても、顔が熱くなるばかりだった。