地震・雷・火事・・




俺は今何故か遊園地にいる。


何故か―――いや、理由は分かっている。
の卑怯な手にひっかかっちまったからだ。
まあ卑怯と言うにはあまりにもオーソドックスな手段で、俺は結局自分の愚かさを呪うしかない。


「ねえねえ、京一、来週の日曜あいてる?」
「ああ、まあ一応な。」
「何よ一応って。・・・まあいいや。でね、行きたい所があるんだけど一緒に行ってくれる?」


この前の日曜日、うちで飯を食っていたがまるでふと思い出したかのように言ってきた。
その軽い口調に俺も何も考えず簡単に返事をした。
飯を食っていたってのもいけねぇ。あれはどうも思考を鈍らせる。
いや、それもあいつの作戦だったのかもしれないが。


「ああ、いいが。」
「ほんと?」
「ああ。」
「いいって言ったね?」
「・・・ああ。」
「よっしゃ!」


とても社内で人気のある美人OLとは思えないようなガッツポーズを見せる
夢見心地で「さん可愛いよなぁ〜」とこいつの後姿をボーっと眺める会社の男共に、この姿を見せてやりたいもんだ。
いや―――見せたくないが。


「で、どこだ?」
「うん、遊園地。」
「・・・なに?」
「だ、か、ら、遊園地。」


迂闊だった。
何で返事をする前に場所を聞かなかったのか。
やっぱり飯を食ってたのがいけねぇ。あれはどうも思考を・・・ってそれはさっき言ったな。


「男に二言はない、でしょ?」


普段滅多に見せないような満面の笑み。
こんなときに見せてもただの威圧感しか感じねぇぞ。
俺は黙って飯をかきこむ。もう味なんて分かりはしなかった。


遊園地。
別にそれ自体が嫌いってワケじゃねぇ。
いや、もう乗り物に乗ってキャーキャー言う年じゃねぇし自分から進んで行きたいとは思わないが、別に所謂絶叫マシンと言うヤツにも乗れる。と、思う。あの上から下に真っ直ぐ落ちるヤツは正直いただけないが、乗れと言われれば乗れないこともない。コーヒーカップに乗ったりメリーゴーランドの馬に跨れと言われるよりはマシだ。
まあ、つまり、遊園地に来ること自体は問題ない―――んだが。


隣りで、入場口で貰った園内マップを楽しそうに見るを、チラリと横目で見る。
今まで遊園地に行きたいと言われるたびに俺は速攻却下していた。
理由は絶対言わなかった。
「何?ジェットコースターみたいなのが駄目とか?」「恥ずかしいの?」
色々聞いて来るこいつに、一切返事はしなかった。
そんな有様だから、こいつがどんな乗り物が好きなのかと言う話もしたことはなかった。
まさか、あれに入りたい、とか言うなよ。
そのマップの左上に見える「それ」をマジックか何かで塗りつぶしちまいたい。


「ね、何に乗る?軽いジャブ程度にコーヒーカップ乗っておく?」
「・・・それは俺にとっては全然ジャブじゃねぇんだが。」
「しょうがないなぁ、じゃあ最後に取っておくわよ。」


それじゃあねぇ、とまたマップをじっと見る。
そんな眉間に皺まで寄せて真剣に悩むことなのか。俺には分からねぇ。
大体、お前も遊園地ってガラなのか?


「京一、今日はやけに無口ね。ね、京一はどこに行きたい?」
「俺はいつも無口だ・・・。別にお前の行きたいとこでいい。」


迂闊だった。
またうっかりいつものように返事しちまった。ここはデパートでも観光地でもない、遊園地だって言うのに。
内心舌打ちをしたい気分だったが、何でもなかったような顔を保つ。
こいつはまだ、俺が恥ずかしいから嫌がってるくらいにしか思っていないはずだ。


言うな。
言うなよ。
あそこは言うな。


「どうしようかなー、私、あんまり絶叫系とか得意じゃないんだよね。」
「・・・じゃあ何しに来たんだ。」
「うん、何かね、ちょっと気になったのがあったんだ。この期間限定のやつ。」


俺は恐る恐るそいつが指差している場所を見る。
左上じゃない、とほっとしたのも束の間、その期間限定コーナーに載っていたのは―――




処刑の館




「・・・・・・。」
「『悲鳴がこだまする』〜って、どうなのかな?人間がやってるんだと思う?」
「・・・知らん。」
「この写真見る限り中世のヨーロッパっぽいよね。」
「・・・知らん。」
「ちょっと行ってみない?」
「だめだ。」
「えー!何でよ?」


そんな拗ねた顔して上目遣いで見ても、駄目なものは駄目だ。
何か尤もらしい理由はないか、必死に探す。
が、もともと俺は言葉で説得するのは得意じゃない。特にこいつを納得させるなんて至難の業だ。


「・・・お前、普段から怖がりじゃねぇか。豆電球付いてなきゃ眠れねぇくせに、何言ってんだ。」
「それとこれとは別よ、怖いもの見たさってあるじゃない?」
「・・・くだらん。」
「京一と一度こう言う所に入ってみたいって思ってたの。」


そんな笑顔で上目遣いで見ても、嫌なものは嫌だ。
嫌?―――いや、違う、その、だな・・・。


「私の行きたいとこでいいって言ったじゃない?」
「・・・・・・。」
「男に二言はない、でしょ?」


お前、わざと言ってないか。
さあ行こう行こう!とぐいぐい手を引っ張るそいつを呪わんばかりに激しく睨んだが、本人は全く気付きやしねぇ。


「お前一人で行って来い、俺はそこのベンチで待ってる。」
「もー、何でそんなに嫌がるのよ?」


その悪趣味な入口の前まで来てもなお、俺は抵抗を試みる。
でもそんなささやかなモンは、こいつには通用しないらしい。
何で嫌がるかって―――ここで、そう言うヤツは駄目なんだと言っちまえたら、どんなに楽か。
だが、言っちまったら最後、こいつはさらに面白がるに違いねぇ。
下手したら二回三回と続けて入ろうとするかもしれねぇ・・・。
・・・ここで一度我慢するのが、きっと最良の選択だ。


「・・・すぐ出るからな。」


俺は覚悟を決め、ズカズカとその入口に向かった。
そこに立っていた覆面の男にパスポートを見せる。
そいつには罪がないと分かっていながらも、ついつい睨みつけちまう。


「ちょっと。係の人を怖がらせてどうするのよ?」


服の上から腕を抓ってくるもついでに睨みつけ、ポケットに両手を突っ込んだ。
別に手の汗がばれないようにとか言うんじゃねぇ。
足元も見えない程の暗い通路を進んで行く。
ったく、こんな真っ暗なとこで処刑なんかされてたまるか。
毒づきながらズンズン進む。


「ちょっと京一、速すぎよ。」
「・・・ちゃんと着いて来い。」
「じゃあ手つないでよ。」
「何?」
「こんなとこじゃなきゃ、つないでくれないでしょ。」


そんな珍しく女っぽいことを言ったを振り返ろうとしたとき




ギャアアァアッ




断末魔の叫びと共に目の前に突然訳の分からねぇ部屋が現れ、血まみれの首がゴロリと転がってきた。


「きゃあ!」


そいつが俺に飛びついてくるのと、俺がそいつを引っ張り寄せるのと、絶妙なタイミングだった。
―――あぶねぇ。
片手で自分の口を押さえ、声を出さなかった自分を褒める。
大体、急にあんなもん出すなんて卑怯じゃねぇのか。


「やっぱりやめればよかったかなぁ・・・。」
「今さら言うな。」


今さら、やっぱり意地でもベンチに座ってればよかったなんて言っても遅いんだよ。
覚悟を決めて前に進む。
そいつの手を掴んで。


―――しまった。


「あれ?」
「・・・・・・。」


が俺の手を強く握る。
今さら振りほどいても仕方がないので、そのまま大人しく握られている。
つい、早足にはなっちまうが。


「京一、汗かいてる?」


またどこからか悲鳴が聞こえ、隣りが明るくなって首のない死体の横たわるギロチンが現れる。
今回も何とか声は出さないで済んだ。
・・・が、反射的にそいつの手を思い切り握っちまった。


「もしかして、こう言うの苦手なの?」


隣りにいたそいつは悲鳴を上げるのも忘れ、嬉しそうに笑って俺を見上げてくる。
どんなホラーよりも、そんなお前の方が怖い。
そんな台詞が頭に浮かんだが口に出すことはせずに、どんどん先に進む。


「暑いだけだ。」


我ながら陳腐な言い訳、見苦しい悪あがきだ。
第一、はそんなの耳に入っちゃいない。


「なーんだ、それなら最初に言ってくれればいいのに。」


そんなニヤニヤ顔で優しい言葉を吐かれても誰も信じねぇぞ。
赤い照明に照らされたお前は、ますます怖い。
そんなことは口に出せず、ひたすら先へと急ぐ。


「ねえ、もっとゆっくり歩いてよー。」


俺への嫌がらせは決して怠らないは、そう言って俺の手をぎゅっと引っ張る。
と、その瞬間、今度は絞首刑にでも処せられたらしい首吊り死体が俺たちの前に現れた。


「―――っ!!!」


また絶妙なタイミングで抱き合う。
こんな強くこいつを抱きしめるなんて、ここ最近なかったかもしれない。
―――なんて、ったく・・・本当に俺たちは何してるんだ?頭の悪いカップルみてぇじゃねぇか。
人だか人形だか分からねえ青白い死体の前で吐くため息は、どうもぎこちない。


「・・・まだゆっくり歩きてぇか。」
「・・・ううん、早く出よ。」


もう誤魔化しても無駄だから、思い切りそいつの手を掴んで、ひたすら前に進む。


「ねえ、この後私の好きなの乗っていい?」
「ああ。」






――――――俺は学習能力がないらしい。