プールサイドにずらりと並べられたデッキチェア。
朝食をすませて出てきたときはまだ誰もいなかったのに、太陽が昇りきった今はその殆どが人で埋め尽くされている。
とは言っても、そんなに大きなホテルじゃないからプールも比較的こじんまりしていて、デッキチェアの数も大したことはないんだけど。


プールで水しぶきを上げ、はしゃぐ子供。
その横でのんびり水に浸かっている男の人。
少し離れたところでちょっと恥ずかしそうに、でもしっかり手を握って潜っているカップル。
どれもこれも微笑ましく感じてしまうのは、やっぱりここが日常から離れた空間のせいなのかしら。


「暑いな・・・。」


でものんびり微笑んでばかりもいられない。
裸足のせいで足の裏はじりじりするし、後ろから照り付けてくる陽射しは容赦ないし。
せっかくプールサイドバーで作ってもらったジュースもぬるくなっちゃう。
私はプールサイドを足音ペタペタさせながら歩き、ちょっと離れた木陰に向かう。
そこにもいくつかチェアが並べられていて、外国人の老夫婦がのんびり横になっていたりする。
そしてその隣りには―――現地の人に間違えてしまいそうなほど日焼けした日本人。
なんて、本人に言ったら不機嫌になるに決まっているから心の中で呟くだけだけど。


たった一日で真っ黒に日焼けした逞しい体に金髪。
サングラスまでかけて悠々と寝そべっていると、ちょっと怖いわよ。
ここに来る前は「俺にリゾートなんて似合わねぇ」とか何とか言ってたくせに、もしかして私よりもリゾートライフを満喫してない?
相変わらずムスっとした顔して寝てるのが可笑しくて、それと同時に、惜しげもなく上半身をさらしているのがちょっと悔しくて、私はその横に腰掛け、京一の肩を軽く抓った。
それでも反応がないからサングラスを取る。と、ジロリと片目を開けて睨んできた。
あら、起きてるんじゃない。


「今日は泳がないの?」


とても泳ぐ気があるようには見えないリラックスしきった京一に、わざと首を傾げて聞いてみる。


「後でな。」
「ふぅん?じゃあ、オイルでも塗ってあげようか。」
「・・・それは何かの嫌がらせか。」


何よ、怖い顔して睨んで。
昨日の夜ついつい背中引っかいちゃったの、まだ根に持ってるの?
肩を竦めながらもニヤリと笑う私を見て、京一はすごーく嫌そうに顔を顰めた。








私と京一は小さなリゾートホテルにいた。
せっかく一緒に取れた夏休み、どこか遠くに行ってのんびりしたいと、私は色んな旅行会社からパンフを貰ってきた。
京一はそのパンフを一冊だけ申し訳程度にパラパラとめくり、「リゾートなんてガラじゃねぇ。」とか「海なんてどこも同じだ。」とか、一通り予想通りの台詞は吐いたけど、比較的すんなりここに来ることをOKしてくれて、ちょっとびっくり。


「じゃあ私に塗って?」
「お前焼きたいのか。」
「ん、京一とお揃い。」
「シミんなるぞ。」


あら、そんなこと気にしてくれるんだ?それこそガラじゃないわ。
少し体を起こし、私の手からサングラスを奪い返す京一。
でも私はそれをかけることを許さずに彼の腕を軽く掴み、顔を覗き込んだ。


「ちゃんと素直に言ったら?」
「何をだ。」
「『お前は今のままでも綺麗だよ』って。」


なんて、言っている自分が可笑しくて、声がちょっと震えてしまう。
それをうまく誤魔化そうと、口を彼の耳元に近づけた。
すると私が京一の反応を窺う前に京一の手が伸びて来て、私の髪をぐしゃぐしゃと容赦なくかき回して来る。


「ちょっと京一、少しは加減しなさいよ。」


私は抗議の視線を送り、持ったままだった大きなグラスをテーブルに置く。
するとその音に漸くジュースの存在に気付いたように、京一はちょっと目を大きくしてそれを見た。


「―――何だ、それは。」
「ジュースよ。見れば分かるでしょ。」
「そんなの飲んで腹壊すぞ。」
「大丈夫、私一人で飲むわけじゃないから。」
「・・・・・・。」


悪い予感が当たってしまった、とばかりに黙り込む京一。
そう、オレンジ色の液体に満たされ、ふちに綺麗にカットされたフルーツが飾られたグラスには、二本のストロー。
目を逸らし、サングラスをかける京一の手つきはかなりぎこちない。
普段は堂々としていて動揺らしい動揺なんてしないくせに、こう言うときって思いっきり慌てるのよね。
そんな反応を見れただけでも満足なんだけど、でも今日はもうちょっと意地悪したい気分。


「一緒にジュース飲むのと、『お前は今のままで綺麗だよ』って言うのと、どっちがいい?」
「・・・究極の選択だな。」


眉間に皺を寄せて唸る様子に、ちょっと腹が立たないでもない。
何でそんなに真剣に悩むのよ。


「部屋に戻ってからじゃ駄目なのか。」
「どっちを?」
「どっちでもいい。」


何だか投げやりね。
頭の後ろで手を組み、再びゴロリと寝転ぶ京一を横目で見つつ、グラスを手に取りストローの一つに口をつけた。
甘酸っぱい味。


「じゃあ両方ね。台詞の方は『愛してる』のオプション付きで。」
「・・・好きにしろ。」


欲張りだと思ってるんでしょう。でもいいわよね?
だって普段出来ないことの出来るのが、こんな旅行の醍醐味だもの。
諦めてため息をつく京一がちょっと可愛い。


「早く夜にならないかな。」


楽しいリゾートライフは、まだまだこれから。