お風呂から上がって部屋に戻ると、ルームメイトの なつき が中央のテーブルいっぱいにポストカードを並べて首を捻ってた。
色とりどりの、綺麗な写真が映ったポストカード。
私はその一枚を、なつき の後ろからヒョイと掴む。


「キレイだねー。」
「あ、おかえり、。うん、今日お店に行ったら沢山売ってたんだ。」


私が取り上げたのは、太陽に照らされてキラキラ光っている海の写真だった。
一面の海。それだけ。
そして なつき が手に持っていたのは、一面の空。


「一つに決められなくて、結局5枚も買ってきちゃった。」
「誰かに送るの?もしかして例の彼?」


私がそう聞くと、なつき はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめて笑った。
この子は「例の彼」の話になると、すごく、可愛い顔をする。
まあ、普段から可愛いんだけど、特に。


「はがきなら、上手く書けるかなぁと思って。」
「・・・って、まさか、また手紙出さなかったの?」


思わず呆れ顔になってしまうのは仕方がないと思う。
4月から一緒の部屋になって2ヶ月弱。
夜とか、とにかく時間があると なつき は机に向かっていた。勉強してるのかな、と覗いてみると、そこにあるのは可愛いレターセット。「なにー?ラブレター?」ってからかって聞くと「まあねー。」なんて悪びれもせず言って来る彼女。そのとき初めてこの「可愛い」顔を見た。


「メールにすればいいじゃん。」
「拓海くん、きっと携帯とか持ってないし。」
「へぇ、いまどき珍しいねー。」


なつき が上京するときに別れてしまったと言う「拓海くん」。
専門学校の中でも結構可愛くて目立つ なつき は、もう既に何人かの男に告白されたりしてる。
けど、この子はいっつも丁重にお断りしてた。私でも勿体ないと思うような、かっこいい男の子でもあっさりと。


「今はいいや。が遊んでくれるし。」
「私はいい男が現れたら、ソッコー付き合うわよー。」
「えーっ、その辺の男より絶対 なつき の方がいいよ!」


前の彼を引きずっている、と言うよりは、前の彼との思い出を、まだ大切にしているって言う感じだった。
この子が後ろ向きでウジウジした印象を与えないのは、いつも笑っているからかもしれないし、何かを一生懸命に探そうとしているように見えるからかもしれない。
それも、「拓海くん」の影響なんだろうか。


私はもう一枚、ポストカードを手に取る。
一面の草原。


「話したいことは、いっぱいあるはずなんだけどな。何か、うまく書けないんだ。」
「それは なつき の文章力の問題なんじゃないの。」
「違うもんっ!」


ついいつもの癖でからかってしまったけど、頬を膨らませる なつき を笑ってしまったけど、
でも、この子の言うことは、少し分かる気がする。


話したいことは沢山あるけど
本当に伝えたいことって、そんなにない。


「元気にやってますって書けばいいじゃん。東京は楽しいわ〜って。」
「じゃあ、のことも書いていい?」
「え?なに?ルームメイトが可愛いって?」
「この前アイス3個食べてトイレに籠もってましたって。」
「げっ!やめてよー!」


さっきの仕返しーって、なつき は笑う。
なつき の笑顔は嫌いじゃないよ。
何かを乗り越えてきたような、笑顔だから。
それが分かるのは、たぶん、ルームメイトの特権。


「ね、だったらどのカード使う?」
「え?うーん。」


テーブルに並べた5枚のポストカード。
どれも、綺麗で、広くて、大きい。
私はその中から改めて一枚を手に取る。


「―――空、のイメージかな。」


一面の、深い深い青。
私にとって「拓海くん」は、そんなイメージ。
もちろん、会ったこともないし、写真さえ見たこともないけど。


もしかしたら、彼も青い空を見て、なつきを思い出しているかもしれない。
そんな気がした。