着信履歴を見た。けれど残っていない。
メールもチェックした。でも新着0件。
やっぱり今日も会うのは無理か。は携帯を鞄にしまいながら小さくため息をつく。


あの多忙な恋人に、一体どれだけ会っていないだろう?
声を聞いたのはいつだろう?
そんなことを考えて―――あまり楽しくない答えが出そうになって、慌てて首を横に振った。
涼介が忙しいのは今に始まったことじゃない。
それでも好きだと、ほんの僅かな時間でも、一緒にいられればいい。
そう思っているのだから、それは変わらないのだから、悩んでも仕方がない。


そう言えば、この前会った人たちも群大の医学生じゃなかったっけ。
同じ医大生でも合コンになんか出ている暇がある人もいるんだな。
もう顔もろくに思い出せない面子。可もなく不可もなく、という感じではあった。
先週、大学の同じサークルの女の子に人数が足りないからと拝み倒されて合コンに出た。
その女の子とは結構仲もよく、特に用事がないと言ってしまった手前なかなか断れず。


「私、彼氏いるんだけど。」


もちろん、そう言ったが


「そんなの今どき気にする人いないよ。普通の飲み会とあんま変わらないし。」


そう食い下がられた。
まあ、合コンくらい、ガチガチに考えることもないか。も確かにそう思う。
けれど、滅多に会えない恋人をわざわざ不機嫌にすることもない、と涼介には内緒にしておいた。


がバイトを終えてマンションに戻ると、その前に見覚えのある車。
そして、その車に背を凭れているのは、見間違うはずのない人物。


「涼介さん?!」


メールや電話さえ、ニ三日ご無沙汰だったのに、突然の恋人の訪問に、思わず声が弾む。
こちらに気がついて、小さく手を上げて微笑む涼介のもとへと駆け寄った。


「どうしたの?何かあったの?」
「恋人に会いに来るのに何か用事がなきゃいけないのか?」
「そんなことない・・・嬉しいよ。」


通りに面した場所であることを忘れ、涼介の温かさを確かめる。
見上げた涼介の顔には変わらず笑みが浮かんでいたけれど―――少しだけ違和感を覚えた。
でも、再会の嬉しさに、そんなことをすぐ忘れてしまう。


「すごく待ったの?」
「いや、バイトがあるのは知っていたから、今来たところだ。」


二人で会話を交わしながら階段を上り、部屋へと向かう。
玄関の鍵を開けて中に入り、はパチリと照明をつけた―――はずだった。
が、すぐにパチンと消えてしまう。


「え?」


後ろから入ってきた涼介が間違って消してしまったのだろうか?
そう思ってまたつけようとスイッチの場所を探すと、そこには涼介の手があった。


「―――涼介さん?」


どうしたんだろう、と暗闇の中、涼介を見上げる。
月明かりも殆ど差し込まない玄関で、は必死に目を凝らす。
頭の上で、くすり、と小さく笑ったような気がした。
が、次の瞬間。
どん、と壁に体を押し付けられる。


―――え?!


考える間もなく唇に温かいものが触れて、理解する間もなく歯列を割って舌が入り込んでくる。
それに応える余裕もないまま、ただ貪られて、息が上がった。


「―――んっ。」


が苦しそうな、でも微かに甘さを帯びた声を漏らすと、涼介の唇が離れる。


「そういう声を、あいつらにも聞かせたのか?」


何?
何を言っているの?


そう考える間も、聞く間も与えず、再び口腔内をかき回され。
息が苦しくて、酸素を求めて逃げようとするけれど、しっかりと壁に縫いとめられていて身動きが出来ない。
だんだんと体が熱くなってきて、力が抜けてきて、それでも、服の裾から滑り込んできた涼介の手の冷たさに、体がびくりと震える。


「うちのやつらと合コン、したらしいな。」
「―――どうして・・・」
「同じ研究室の男がべらべらと話してたぜ。いい感じの女がいたってな。」


濡れた口元を歪ませて、涼介が続ける。


って女。」
「それは―――っ。」
「同姓同名の別人だ―――なんて言ったら、今ここで犯すよ?」


冗談か本気か分からないような声に不安になって、必死に涼介を見上げる。
が、目を合わせるよりも、涼介がの耳朶に噛み付く方が早い。
その痺れるような感覚に思わず足元が崩れそうになって涼介の服を掴むと、涼介は少しだけ満足そうに微笑んだ。


「あれは友達に頼まれて・・・別に何も・・・。」
「当たり前だ。」


声は低く。でも口の端は上がったままで。
普段大人しくて優しい人に限ってキレると怖い―――誰かが言っていたのを思い出す。


でも、押さえつけられた背中が軋むのも、掴まれた腕が痛いのも、涼介がを愛している証拠で。


「―――涼介さん・・・」


呼吸の整わないまま、名前を呟く。
その声を唾液ごと飲み込んで、涼介が小さく笑って囁いた。


「お前が誰のものか―――よく分からせてやる。」