タナバタ




七夕って言うと、小学校の頃みんなで短冊に願い事書いた程度の思い出しかない。
折り紙で飾りを作って、七夕の歌を歌って。
もうこの年になって願い事を短冊に託そうなんて思わないけど、でも、朝のニュースで「今日は七夕です」と言うアナウンサーの明るい声を聞くと、今夜は織姫と彦星は会えるのかなぁなんて、空を見上げてしまう。
一年に一度会うだけで、想いは確かめ合えるものなのかな。
私は毎日のように会っていても、全然分からないよ。


今年の七夕も、夕方にはにわか雨の恐れあり。
私は折りたたみの小さい傘をバッグに入れて家を出る。
大きな本屋さんまではバスで10分。
別にすごく欲しい本があるわけじゃないけど、せっかくの休日に家にいるのは勿体なくて、お気に入りのワンピースを着てサンダルを履いた。
ああ、これが涼ちゃんとのデートならよかったのに。
そんなことを思いながら、通り道に涼ちゃんちの裏庭をチラリと見る。
すると、奥の方にあの白い車と涼ちゃんの姿。


「涼ちゃーん!」


私は反射的に名前を呼んでしまった。
涼ちゃん、と言っても私よりも年は上だ。
もう「ちゃん」付けで呼ぶ年齢じゃないって分かっていながらも、小さい頃からの呼び方って言うのはなかなか変えられない。
今さら「涼介さん」って呼ぶのも照れくさいし、「涼介」なんてもっとダメ。
こちらに気が付いた涼ちゃんは、腕まくりした手で「おいでおいで」と手招きする。
私は裏庭に敷き詰められた薄茶色の石畳の上をパタパタと走っていった。
そんなに急がなくても大丈夫だよ、とクスクス笑う涼ちゃん。


「何してるの?」
「車を洗ってたんだよ。」


見れば、確かに車がピカピカになってる。
もともと涼ちゃんは洗車マニアなんじゃないかと思うくらい丁寧に中も外も洗うんだけど―――うっかり手伝わされると「もっと泡立てろ」とか「上から縦に拭いていけ」とか細かいの!―――今回もピッカピカ。
啓ちゃんも結構洗車好きなんだけど、やっぱり大雑把なんだよね。
自分の車を洗うときよりも涼ちゃんの車を洗うときの方が丁寧だから可笑しい。


「―――でも、夕方雨だって言ってたよ?」


綺麗になった恋人を見るかのように満足げな涼ちゃんに、こんなこと言うのも酷かなとも思ったけど。
ちょっと意地悪してみたくなった。
でも、天気予報をチェックしていないわけがないよね。


「ああ、いいんだよ。」


何でもないことのように、さらりと返されてしまった。
ちょっと面白くない、と言うのが顔に出ちゃったのか、私を見て可笑しそうに笑う。


「やっぱり今日は洗ってやらないとな。」
「そうなの?何で?」
「今日はこいつの日だから。」
「え?」


初め何のことだかさっぱり分からなかったけど。
7月7日。
まさか・・・セブンの日、とか言うの?
涼ちゃんがそんな日を気にするなんて、ものすっごく意外で、私は目を丸くした。
もちろんこの車が大好きなのは知ってるけど・・・やっぱり好きなものが出来ると人って変わるのかな?
・・・なんて、自分で言ってて悲しくなってきた。


「冗談だよ。」


ちょうど今日は用事もなかったしって笑うけど、ほんとに冗談?
別に、冗談じゃなくてもいいんだけどね?
だって、そう言う涼ちゃんも可愛いと思うから。
涼ちゃんがしゃがみこんで、長いホースをくるくると巻く。


は、そんなお洒落してどこか出かけるのか?」
「うん、暇だからちょっと駅前の本屋さんでも行こうかなと思って。」
「本屋にそんな可愛い格好で行くのか?」


本屋冥利に尽きるな―――って、それ、おかしいよ涼ちゃん。
さっきからセブンの日とか言っちゃうし。
腕まくりして、汗なんかキラキラさせちゃうし。
ちょっといつもと違っておかしいよ!


「じゃあ、本屋まで送って行ってやるよ。」
「えっ、いいの!?」
「せっかく洗ったんだし、雨が降る前に乗ってやらないとな。」


それなら、もっとずっと一緒に乗ってたいな。
そんな心の声が聞こえちゃったのか、涼ちゃんがシャツの袖を直しながら言った。


「それとも、どこかドライブに行くか?」
「え・・・っと・・・うん!!」


こう言うときは迷っちゃダメ。すかさず答えないと。
私はブンブンと首を何度も縦に振る。
だって、涼ちゃんとドライブなんてすごく久しぶりだよ?
興奮するなって方が無理!


「じゃあ着替えてくるから・・・リビングで待ってるか?」


今日の涼ちゃんはいつもと少し違う。
もちろん笑顔はいっつもカッコいいけど、今日はさらにキラキラして見える。
太陽のせい?
水に濡れた芝生のせい?
やっぱり、毎日のように会ってても、全然分からない。
何で昨日まで普通に見てた表情が、突然ドキドキするのもになるのか。
一年も会わなかったら、全然違う人になっちゃいそうだよ。


ここで待ってると言う私を残して、裏口に駆けてく涼ちゃん。
今日は雨が降りませんように!
私は空を見上げてそう祈った。