紅葉




湿度が低くて、爽やかな晴天。
空は高くて、ずーっとどこまでも続いているような気がする。
そんな、まさに秋晴れ、と言う日に、私はせっせと掃除をする。
しかも自分の部屋じゃなくて。慎吾の。


晴れの日ってのは、見えなくてもいいものが見えやすい。
たとえば、棚の上の埃とか。
お尻に敷こうとクッションを床にバフッと置いたら、埃も一緒にバフッと広がった。
ついでに灰皿の灰も広がった。


こ、こんな部屋で生活したら、いつか病気になるから!


私は結局耐え切れずに掃除を始めた。
部屋の主はまったく気にせず、ベッドの上に寝転がったまま。
憎たらしいから掃除機でそのお尻をグオーッと吸い込んでやった。


「何すんだよ、てめぇ。」


ただでさえ性悪な目を、さらに細めて睨む。


「いい加減、起きて手伝ったら?」
「やだよ、めんどくせぇ。」


ごろんと寝返りを打ち、近くにあった雑誌をパラパラとめくる。
因みにその雑誌のバックナンバーは部屋の隅に積み上げられ、やっぱり埃を被っている。
これ、大切に取っておいてあるんじゃなくて、ただ単に古紙の回収日に出すのが面倒なだけでしょう。
そりゃ、ごみをこまめに集積所へ持っていく慎吾ってのも気持ち悪いけど、生ごみだけはちゃんとしておいてよね。
もう一度、今度は掃除機で背中を吸ったけど、無視された。


このぉ・・・髪の毛吸ってやろうか。
いや、でも、それでもしズルンなんて言って髪の毛が全部吸い込まれたらホラーだからな・・・やめておこう。
ハゲた慎吾・・・ちょっと見てみたい気はするけど。


「おい、何一人でニヤニヤ笑ってんだよ、気持ち悪ぃな。」
「べっつにー。」


妄想上のツルツル頭慎吾に免じて許してあげよう。
私は再び床を掃除し始めた。






「でもさー、いい天気だよねー。」
「あ〜そうだな〜。」
「ねえ、今週って3連休なの知ってた?」
「おう、そりゃ知ってるぜ。来週は4日仕事に行きゃぁ休みだ。」


まあ確かにそうだけど・・・。
連休と聞いてそれぐらいしか楽しみがないって、どうなのよ?
まだ寝転がったまま、シシシと笑う慎吾がちょっと気の毒に思えてきた。


「この青い空見てさ、何とも思わない?」
「なにが。」
「行楽日和だなぁとかさ。」
「・・・・・・。」
「ねえ、今日出かけても、明日と明後日休みなんだよ。素晴らしいと思わない?」
「・・・・・・。」


何無口になってるのよ。
まさか、そうやって雑誌を広げたまま寝たふりとかしてるんじゃないでしょうね。
私は背中を向けていた慎吾の顔を覗き込む。
そうしたら、しっかりと目を瞑っていた。
すごい無理あるっての。
ぎゅぎゅぎゅーっと、容赦なくそのほっぺたを抓る。


「いてぇっ!この暴力女!」
「たまにはいつも放ったらかしな彼女をどっかに連れて行こうとは思わないのかっ!」
「しょっちゅう会ってんじゃねーか!!」
「いっつも慎吾は寝ぼけてんじゃんっ。」


別に、いつもの慎吾に不満があるわけじゃ―――ないこともないこともないけど、
たまには普段と違うことがしたい。


「どっか連れてけー。」
「あぁ?たりぃなぁ・・・どこ行きたいんだよ?」
「そうだなー、紅葉とか・・・温泉とかさあ。」
「年寄りくせぇなぁ。お前、紅葉なんて、ただ木が枯れてくだけじゃねぇか。見てもつまんねぇぞー。」
「うるさい。連れてけー。」
「渋滞してっぞ。車動かねぇぞ。」
「連れてけー。」


さっきの寝たふりは嘘のように、私を諦めさせようと饒舌になる。
でもさ、そう言いながら、だんだん体は起き上がっていってるんだよね。
実はちょっとだけ行ってやろうかって気になってるでしょう?
私は心の中でほくそ笑む。


「近場でいいからさ。」
「じゃあ妙義な。」
「うわ、ちっか!」


つか毎日行ってる場所じゃない。
よく飽きないね。
いやいや、気が変わらないうちに準備、準備。
場所はどこでもいいんだよねー。慎吾の車で出かけられれば。
乗り心地悪いけどね。
でも、そんなことは照れくさくて言えっこないけど。
慎吾も覚悟を決めてむくりと起き上がり、Tシャツを変える。


「んじゃ、枯れ木でも見に行くか。」
「紅葉って言え!」


往生際の悪い男をど突き、私もいそいそと出かける準備。
掃除機しまって・・・一応化粧もしておこう。
何か持っていく物とかあるかなぁ?


「ねえ・・・。」


後ろを振り返ると、何やら小さい包みをGパンのポケットに突っ込んでいる慎吾。


「・・・ちょっと、今、何入れてた?」
「めざといなぁお前も・・・。何があるか分かんねぇだろ?」


悪びれもせず、ニヤリと笑ってお尻をパンパン。
な、何で紅葉見に行くだけでそんなもん入れんのよっ。
私の顔の赤くなったのは、絶対怒りのせいだ。
今さら慎吾相手に照れたりしないわよ!


「お、何だ、お前の顔の方が紅葉みたいに赤いじゃねぇか。てことは、あン?お前、枯れてくってことか?」
「・・・ぶっ飛ばす。」


私が蹴りを入れるより早く、慎吾は車と家の鍵を持ち、玄関へと走る。
くっそ、逃げ足だけは速いんだから。


「おら、早くしねぇと日が暮れるぞ。」
「急にやる気満々になるなー!」
「んだと?・・・ったく、俺がこんなに言うこと聞くのはんときだけだぞ。」


ガチャガチャ玄関の鍵を閉めながら、ぶつぶつ言う慎吾。
私はそれを無視して階段を下りる。
だって、またこの顔を見たら、紅葉みたいって馬鹿にするでしょ。


熱い顔を両手で押さえ、慎吾の車へと走った。