こうい




昼の弁当を食べていたら、携帯が短く鳴った。
携帯に、電話じゃなくてメールしてくる人なんて一人しかいない。
その内容も大体決まってる。
俺はニンジンの煮物を口に入れてからポケットから携帯を取り出して、メールを開いた。
そうしたら案の定、啓介さんから。
「今日のひるめし」ってタイトルで何の変哲もないカレーライスの写真がついてた。


・・・ほんと、あの人って暇だな。


ニンジンを噛み砕いてゴクリと飲み込み、携帯を閉じた。
連絡用にと史浩さんに渡されたそれには、今のところ涼介さんと史浩さんと啓介さんの携帯番号しか入っていない。
涼介さんと史浩さんの番号は既に入った状態で渡されて、啓介さんの番号は本人が勝手に登録した。
ついでに、何だかメール着信のときの音が他の二人と違う。
何したんだろう、って思ったけど、あの分厚い取扱説明書を読む気になれなくてそのままにしてある。
自宅の番号ぐらい登録しとこうかな、とも思うけど、うちの番号なんて覚えちゃってるから、いちいち電話帳から呼び出すより数字のボタン押しちゃったほうが早い。


「あ、その携帯、私とお揃いだ。」


唐揚げを口に放り込んだとき、横から手が伸びてきて俺の机にお茶の入った湯のみが置かれた。
ゴクンと急いで飲み込み顔を上げれば、ニコニコと笑っているさん。


「あ・・・すいません。」
「ついでだから気にしないでー。」


ハタハタと手を横に振る仕草は、先輩だと分かっていながらも、可愛い、なんて思ってしまう。
その笑っている顔をまともに見ることが出来なくて、俺は机の方を向いて箸を持ち直した。
でももう残ってるのは一口分のご飯しかない。
バクリと勢いよく口に入れたけど、何だか後ろにいる彼女を意識しちゃっていつもみたいに噛めない。


「ほら、ね。私のは白だけどお揃いでしょ。」


さんにそんな俺の事情なんて分かるはずもなく、彼女は相変わらずニコニコしたまま胸ポケットから携帯を取り出して見せてくれた。確かに、同じヤツ。色は俺の持ってるシルバーじゃなくて、可愛いストラップも付いてるけど。
これで誰と連絡取るんだろ。
そんな下世話なことを考えて、勝手にムカついたりする。
それを誤魔化すために、俺はお茶を一気に飲み干してしまった。






さんは一年先輩の事務の女の子だった。
もちろん、誰にでも、なんだけど毎日元気な声で「おはよう」って挨拶してくれて、たまにこうやって事務所で弁当食べてると「ついでだから」と言って温かいお茶を入れてくれる。
うちはずっと親父と二人きりだったから女っ気なかったし、高校まではどちらかと言えば周りにはガサツな感じの子ばっかりだったし。
そんなふうに何だかんだと言い訳をつけて―――結局、俺は彼女がちょっと気になってる。


「いつもコンビニのお弁当?飽きちゃうでしょう。」
「はぁ・・・でもしょうがないです。」


くるくるとストラップを弄る彼女の指に目が行くけれど、何故だか顔どころかその細い指さえもまともに見ることが出来ない。
自分の口から出た声がすごく無愛想に聞こえてちょっと後悔する。
けど、だからってどうすることも出来ないから、俺は黙々と弁当を片付け始めた。
「ばーか、そういう時は『俺の弁当も作って来てよ』とか何とか言うんだよ!」と後で啓介さんに言われたけど―――いつそんな話題になったのかは憶えてない―――、そんな台詞、俺に思いつくはずもない。思いついても、たぶん、言えないけど。


弁当の箱をビニル袋に入れて、机の脇にあったゴミ箱に放る。
と同時に、また変なメロディが携帯から流れ出した。
変って言っても普段はそんなに気にならないんだけど―――何だか彼女の前だとやたら恥ずかしい。
慌てて携帯を開く。
確かめるまでもなく、どうせ啓介さんからのくだらないメールなんだけど。


「あっ!カノジョからだ?」
「違いますよ!友達からです。」


からかい口調の彼女に、ついムキになって言い返してしまってまた後悔する。
ついでに啓介さんを逆恨みする。
キョトンとした彼女。ちょっと気まずくなってしまった雰囲気を打破したくて、何か話題がないだろうかと必死に考えをめぐらせた。


「え・・・と、その人に変な着信音にされちゃったんですけど直し方が分かんないんですよね。」
「そうなの?でもその音かわいいよ。」
「いや、俺は普通のがいいんです。」


何とか元の感じに戻ってさんもほっとしたのかもしれない。
彼女は少し口を綻ばせて笑い「じゃあ私が直してあげよっか。」と手を差し出してきた。
そんな彼女の表情に俺の方も力が抜けて自然と笑みが浮かんでしまう。けど、何だかそれを見られるのが恥ずかしくて、ちょっと下を向きながら自分の携帯を手渡した。


「藤原くんは、あんまり着メロとかは好きじゃないの?」
「好きじゃないって言うか・・・いちいち設定するの面倒くさいから。説明書は分厚くて読む気にならないし。」
「そうなの?藤原くんって機械全般に強いのかと思った。」


でもメールを速く打つ藤原くんって何だか想像つかないね。
そんなことを言いながら笑って俺の携帯を操作する。
細い指と、そこについてる綺麗なピンクの爪がボタンの上を滑るように動いてく。


「私の番号入れてもいい?」
「うん。」


それにボーッと見惚れてしまっていた俺は、彼女の言葉がろくに頭に入らないまま返事をしてしまい、そして登録され終わった携帯を戻されてようやく我に返った。


「あ、じゃあ俺の番号も・・・。」


慌ててそう言ったけど、自分の番号が思い出せない。
確か携帯で表示出来た気がするけど、どうやったらいいか分からない。
チラリとさんを見上げると、彼女は既にクスクスと笑っていた。
何だかちょっと悔しいけど、でも大人しくまた自分の携帯を彼女に手渡す。


「じゃあ、私も藤原くんにメールしていいの?」
「え・・・いいですよ。」


今度はボーッとしないようにと彼女の手元から目を逸らしてもう少し上の方を見つめる。
けど、何だかもっとおかしくなってしまいそうになって、俺はぶんぶんと頭を横に振った。


「くだらないメールとか送っちゃうよ?今日寝坊したとか、何食べたとか。」
「いいですよ。」


彼女もカレーの写真つきメールとか送って来たりするのかな。
でも―――さんなら笑える気がする。
って、俺、現金なんだろうか。


「一緒にご飯食べようとか、暇だから遊ぼうとか送っちゃうぞ。」
「いいですよ、さんなら。」


深く考えないで思ったままを口にしたら、さんは「ホントだなー?」ってニヤリと冗談ぽく笑いながら俺に携帯を返した。
その顔がちょっと赤く見えて、つられて俺も赤くなってくる。
変なこと言ったっけ?
―――言ったかも。
急に恥ずかしくなって、穴があったら入りたくなって、代わりに携帯をいそいそとポケットに入れる。


「え・・・と、じゃあ、俺もメールしていいですか。」
「いいよ。」
「配達終わったとか、ご飯食い終わったとか。」
「いいよ、藤原くんなら。」


彼女の顔がますます赤くなる。
変なこと―――言ったかな。気のせいか?


「でも藤原くん、メールできるの?」
「それ、バカにしてるんすか?・・・説明書読みますよ。」


今までプロD関係の連絡は殆ど電話だったし、啓介さんからのメールには、冷たいヤツだと何度も言われながら返信したことなかったし、正直メールなんて打ったことなかったけど・・・説明書読めば出来る、と思う。
なんて、ついさっき読む気がしないとか言ってたくせに、やっぱ俺って現金なのか?
ついでに逆恨みした啓介さんにちょっとだけ感謝しちゃったりもする。


「じゃあ、最初のメールは藤原くんからね。」
「いいですよ。」
「メールじゃ敬語はなしだよ。その分文字数が増えて面倒でしょ。」


楽しそうに言う彼女に何とかメールを送ろうと、この日の夜は分厚い説明書と格闘し通し。
けど、翌朝の豆腐の配達はあんまりつらく感じなかったのは―――現金なせいか。


普通の会話でも敬語が取れるのは、もうちょっと先の話だ。