noise




隣りの部屋から聞こえた携帯の呼び出し音に、ベッドに寝転がっていた拓海はピクリと反応した。
ある人物から掛って来た時に鳴る音。
覚えたくもないのに、いつの間にか覚えてしまった。


「―――こんな時間に、どこ行くんだよ」


隣りの部屋のドアが開く音がして、拓海もガバッと起き上がり、部屋のドアを開ける。
その乱暴な仕草に、廊下に立っていた人物―――は一瞬ビクリと肩を揺らしたが、すぐに息をついて落ち着いた表情を見せる。
睨むように見つめて来る弟の拓海にも微笑を浮かべて、余裕の表情。
それが拓海の神経を逆なでする。


「こんな時間に呼び出し?……随分非常識だよな」
「しょうがないじゃない。涼介さんだって忙しいし」


一番聞きたくなかった名前を口にする。
―――いや、聞かなくても呼び出した相手など、とうに分かっていたけれど。
プロジェクトDのリーダーとしては絶対的に尊敬している存在。
だが、のこととなれば話は別だ。


の行く手を阻むように廊下の真ん中に立つ拓海。
いつもの温和な表情はどこへ行ってしまったのだろうか?
可愛い弟と分かっていながらも、その鋭い視線には竦んでしまいそうになる。
昔から穏やかな表情をしていて、普段はぼんやりしているようにさえも見える拓海は、たまにこう言う目をする。
以前サッカー部で暴力沙汰を起こしたことがあったが、そのときもきっとこんな表情をしていたのだろう。
最近はよく見る彼のこの目つきに、はそんなことを思う。
そのサッカー部の先輩のように殴られる、とは思わないが、何をしでかすか分からないような危うさをはらんでいるように見えた。


「すぐ、戻ってくるから」
「―――そう言って、この前だって朝まで帰って来なかったじゃないか」


拓海の脇をすり抜けようとする
彼はすかさず道を塞ぐ。
父の文太は「ももういい大人なんだから」と言って彼女に殆ど干渉しないから、当てにならない。
いや、それ以前に今日は町内会の寄り合いだか何だかで、それこそ朝まで帰ってくるかどうか分からない。


「ちゃんと帰ってくるってば」
「そんなの当てにならねーよ」


苛立ちとともに、彼女の腕を掴む。
細い腕。
ぐいと引っ張れば、簡単によろけてアッサリと自分の腕の中におさまる。


「……行くなよ、姉貴」
「た、拓海、放して……」


壊れそうなほどに細い肩をぎゅっと抱きしめれば、が少し苦しそうにもがく。
もがくほどに拓海の鼻腔を刺激する姉の香り。
聞きなれた車の音が近づいて来る。
峠では常に憧れや羨望をもってその音を聞くというのに―――今は忌まわしい音でしかない。


「拓海……」


エンジン音が止み、またの携帯が鳴る。
さっき聞いた呼び出し音。
耳を塞ぐ変わりに、強く、強くを抱きしめる。


「行くな―――」


苦しげに絞り出す拓海の声。
冷たい廊下に無機質な音が鳴り響く。