誕生日プレゼント




長距離のタイム計測を終えてコートに戻ってくると、どこからか芥川くんが現れ、私の隣りに並んで立った。
さっきまで呼んでも現れなかったのに。


「ねーねー、さん」


こちらを向いてニコニコと微笑いかけて来る。
この笑顔は反則だよな。
そんなことを思いながら、私はすぐに手元のボードへと視線を戻した。


今年から高等部に上がってきた彼は、入部早々レギュラーになってしまった。
見た目から明らかに小生意気な新部長やダテ眼鏡くんとは違って、普段は眠そうな顔が可愛くて、初々しいところがある。
一旦コートに入るとあの二人に負けず劣らず小生意気だけど。


「ねーねー、さん」


もう一回、私の名前を呼ぶ。
相変わらずニコニコと笑顔のままで。
返事をする私の声は、ちょっとぶっきら棒になってしまった。


「なに?」
「あのねー、俺、今日誕生日なんだ」
「ああ……そうなんだ。おめでとう」
「ええっ、それだけ?」


さっきまでのニコニコ顔が、一気に不満そうな表情に変わり口を尖らせる。
それだけと言われても……どうしたらいいと言うんだろう。


「ええと……いくつになったんだっけ。16?」
「そう。さんとちょっと近づいたね!」
「またすぐ離れるけどね」
「……さん、俺のこと嫌い?」


恨めしげな上目遣い。
そんなことないよと言ったら、また一瞬にして表情を変えてキラキラ目。


「じゃ、好き?」
「え」
「俺、さんのこと好きだよー」
「え……」


それは巷に言う愛の告白なんだろうか。
その割には、物のついでと言うか、話の流れと言うか、適当な感じがするけれど。
あ、そっか。
きっとチョコレートが好きとか、ポッキーが好きとか、そんな感じなんだな。
私は一人納得して頷いた。


「私も好きだよ」
「えっ!ほんと?ほんとに!?」


……何か解釈を間違っちゃったんだろうか。
すっげーうれしーと、隣りではしゃぐ芥川くんに、ちょっとたじろぐ。
でも、本当に嬉しそうに笑う彼を見てると、このままでもいいかなぁなんて思ってしまった。


「俺、誕生日プレゼント欲しい」
「は?何か、急な展開だね」
「え?全然急じゃないじゃん、俺、今日誕生日って言ったでしょ」
「あ、うん、まあ、そうだけど。……プレゼントって言っても何も準備してないよ」
「へーき、へーき。準備はいらないから」


視線を感じてコートの方を見ると、新部長がこっちを見て睨んでた。
やば、無駄話してるのが見つかった?
慌てて目を逸らし、ボードに向き直る。
そんな私の心情など全く意に介さない様子で、芥川くんは暢気な声で続けた。


「膝枕して欲しいなー」
「……どこで?」
「ここで」


こんな会話をしている間も、横から視線がチクチク刺さるのを感じる。
そろそろ止めないと、私までグランド10周とか言い渡されかねない。


「……芥川くん、君のその型にはまらない生き方は素敵だと思うけど、私は一緒に歩めないと思う」
「ええっ!さん、いきなり別れ話!?」


純真な下級生を弄ぶなんてひどい!
この状況でそう言う台詞を吐く芥川くんは、本当に純真なのか。


「いやそうじゃなく……もうちょっと私にも手の届きそうなものにしてよ」
「膝枕ってそんなに難しい?」
「こんな志半ばで退部になりたくないし。グランド走りたくないし」
「よく分かんないけどー」


不満そうに口を尖らせたまま、うんうんと唸って。
でも、すぐに代案が思い浮かんだらしく、笑顔に戻った。


「じゃあ、ほっぺにチューは?」
「……えーと、どの辺が簡単なんでしょうか」
「だって、一瞬でしょ?簡単じゃない?」


はい、って言って、ほっぺをこっちに向けて来る芥川くん。
その様子はすごく可愛い。
確かに可愛いけど、本当にただの純真無垢な男の子が、こんな部活の最中にマネージャーに向かってチューしてとか言うのかどうかは謎だ。
――まあ、別に、芥川くんにそんなものは求めていないけど。


チラリとコートを見る。
部長はコートチェンジでこっちに背を向けている。
私は今だ、とボードで隠しつつ、隣りの彼に、ちゅ、とキスした。
その直後の、芥川くんのビックリした大きな目。
私は気にせず、何事もなかったように下を向いてペンを走らせる。
誰にも見られてないよね?
もう一度恐る恐るコートの方に目を向ける。
すると――おかしい。さっきまで背中を向けてたはずの部長が物凄い形相で睨んでる気がする。


「――おいっ、マネージャー!」


ええっ!?やっぱり怒られるのは私なの!?
その怒声に思わずビクリと肩を揺らす。
年下とは言え、いきなり部長になる位の男だから、やっぱり怖いときは怖い。


「てめー、何してやがる」
「え、な、何って、今はスコアを……」
「そうじゃねーだろうが。てめー、ジローにだけ贔屓してんじゃねーぞ」


贔屓?
……こう言うのって贔屓って言うんだろうか。
ラケット片手に仁王立ちする部長に、思わず訝しげに眉根を寄せる。


「別に贔屓してないよ」
「あーん?じゃあ俺様の誕生日にも同じことが出来るんだな?」
「ええっ!?それ、何かちが――」
「ダメだよ跡部!のチューは俺専用なの!」


こらこらこら!いきなり呼び捨てとかするな!
て言うか、そんな恥ずかしい台詞、部活中に大声で言うなー!!


「あー、取られてもーたなぁ、跡部」
「うるせー、忍足!」


隣りのコートにいたダテ眼鏡くんの楽しげな声。
怒りに肩を震わせる部長。


「てめーら、部活終わるまでグランド走ってろ!」
「ええっ!?」


ちょっと待って。
今日はお昼までだから――あと1時間以上あるんですけど!?


私の不満そうな顔を見て、部長は口元を引き攣らせる。


「その後のコート整備もプラスするか?」
「いえ、結構です」
「ほら、、行こ行こ!」


とてもこれからグランドうん十周を走るとは思えない晴れやかな笑顔の芥川くんに引っ張られ、私たちはコートを後にする。
ほな、頑張って。
暢気にヒラヒラ〜っと手を振るダテ眼鏡くんをジトリと睨みながら。


「……とんだ誕生日になっちゃったね」
「ええ?どこが?サイッコーの誕生日じゃない?」


ニコニコと笑って走る芥川くん。
まあ、元はと言えば、芥川くんが変なことを言い出さなければこんなことにはならなかったんだけど。
いや、私が悪のりしなければよかったんだけど。
……悪のり?


「どうしたの、?」


そうじゃないなぁ。
自分に呆れて笑ってしまう。


「――膝枕は、また今度ね」


そう言って、私はもう一度芥川くんのほっぺにチューをした。