クリスマス -芥川-




年の瀬を迎えて、慈郎の家のある商店街もいつにも増して活気に満ちて来る。そして今夜はクリスマスイブ。
通りにはささやかなイルミネーションが点され、陽気なクリスマスソングが流れていた。

夕飯の買い物でにぎわう通りを行く人々を器用によけながら、いつものように眠そうな顔で家路へ向かう慈郎。
裏口へ回る前に何気なく表から店の中を覗き込むと、そこに幼なじみのの姿を見つけ、慈郎は思わず店のドアを開けてしまった。

!何してんの?」
「あ、ジローくん。おかえり」

の家はこの店の裏手にあり、慈郎の家にクリーニングを出しに来ることはよくある。
が、今がいる場所は、カウンターの外ではなくて、カウンターの中。
しかもエプロンまで着けている。
彼女は棚にクリーニングの商品をしまいながら「店番だよ」とにこにこと笑って言った。

「おふくろたちは?」
「おじさんは配達。おばさんはお買い物。パートさんは急用で早くに上がっちゃったんだって」
「ナツは?」
「さあ?私が来た時にはいなかったけど。お友達の所に遊びに行ったんじゃない?」

なんか、久しぶりでちょっとオタオタしちゃった。
そう笑っていいながら、はエプロンの皺を直す。
そんな彼女の笑顔を見るのは久しぶりで、慈郎は何だか照れくさく、意味もなくいつもより乱暴な仕草で鞄を下に置いた。

中学校に上がる位までは、はよく慈郎の家に来て、慈郎はの家に行った。
そして慈郎の家の店番を二人でしたこともある。
大概そう言う時は、慈郎は寝ていて働いているのはの方だけだったりするのだが。
しかし中学は別々の学校になり、互いの家に行くことは殆どなくなって、登下校のタイミングも微妙に異なるために会うこと自体少なくなって。
彼女がクリーニングを出しに来た日の夜に、母親との会話で彼女の名前が出て来ると、何故だか何となく、悔しい気がする。

「代わる」
「大丈夫だよ、着替えて来ていいよ?」

コートを脱ぎ、マフラーと一緒に鞄の上に放り投げる慈郎。
皺になっちゃうよ、と言いながら手近にあったハンガーにそれらを掛ける
「大丈夫だよ、そんなの」と言いながら、慈郎はコートをパンパンと軽く叩く彼女を見て、ほんの少しくすぐったさを覚える。
使い古されたパイプ椅子を奥から引っ張り出して来て座ると、カウンターに突っ伏すような体勢。
「そんな格好してたら、またすぐに寝ちゃうよ?」と笑うに、慈郎はそのままの格好で「寝ないよ!」ともごもごした声で反論する。
説得力のない幼なじみに笑みを浮かべながら、彼女も隣りにあった椅子に腰掛けた。
二人で、ぼんやりと眺める通りの景色。
ごおっと唸るエアコンの音と、外から漏れ聞こえて来るジングルベル。
慌ただしく通り過ぎて行く人たちと、じっと動かない二人。
寝ないよ。
寝るわけないよ。
がいるのに。
慈郎は頬杖をついて小さなため息。

「――あ、お客さん」

自動扉の向こうに近づいて来る人影にが立ち上がり、慈郎も遅れて椅子を立つ。
「いらっしゃいませ」と元気よく言う彼女に続いて慈郎も口を開きかけたけれど、入って来た客を見て「げっ」と顔を歪めた。

「客に向かって何やの、その態度」
「何で忍足がうちの店に来るんだよ」
「え、お友達?」

慈郎は咄嗟にを背後に隠すような動作。
しかし忍足はさして気にする様子もなく「あれや、あれ」と壁に貼ってあったポスターを顎でさした後、持っていた紙袋から洋服を取り出した。
二色刷りの派手なような地味なようなポスターには、年末年始の福引きのお知らせ。
ああ、そう言えば去年もそんなことがあったような気がする。
慈郎はカウンターに乗せられた山盛りの服を呆れた目で眺めた。

「福引き券の配布は昨日からやろ?チェック済みや」
「また、あの従兄弟と一等でも狙ってんの?」

やはり去年の今頃、冬休みに上京して来た従兄弟と一緒にふらりと商店街に現れた忍足は、その時に行われていた福引きに何故だか異様な白熱ぶりを見せ、だいぶ散在して帰って行った。
商品は一等が韓国旅行で、二等がゲーム機――と言う、福引きとしてはありきたりで何が二人をそんなに熱くさせたのか、一年経った今でも分からない。
まあ、商店街の人間としては、こう言う存在はありがたいが。

「ジローも家の手伝いなんかするんやな」
「たまたまだよ。――あ、いいよ、、俺やるから」

忍足の持って来た服を選り分けようとしていたを制して、慈郎はそれらに手を伸ばす。
タグを見てはレジに打ち込み、手際よくたたんで籠に放り込む様は、さすがの慣れた動き。
忍足が感心して眺めていると、それに気付いた慈郎が「何だよ?」と一睨み。

「いや、テニス以外でそんなテキパキしとるジロー、初めて見たなぁ思て」
「何それ、俺を何だと……って、も笑うなよ!」
「ごめん、ごめん」

そう言いながらも、まだくすくすと笑っている
慈郎のじとりと抗議の視線を避けるように、彼女はレジの前に立ち「3200円です」と忍足に向かって言う。
律儀に一年越しのメンバーズカードと5000円札を差し出して来る忍足から、彼女より先に慈郎がそれらを奪った。

、ここはもういいから、奥行ってていいよ」
「そう?」

早く行って、とばかりに手で払う慈郎に、は肩をすぼめつつ、「それじゃあ」と忍足ににっこり笑った。
ああっ、もうっ、そう言う愛想笑いはいいから!
慈郎はジリジリとしながら、エプロンを外す彼女の背中を見守る。
そんな二人の様子を眺めていた忍足は、くく、と小さく笑った。

「何や、新婚さんみたいやな」
「――はっ?変なこと言うなよ!って、も赤くなるなよ!」
「ご、ごめん。じゃあ、ごゆっくり」
「忍足にごゆっくりされても困るし!」

ぱたぱたと、は逃げるように奥の自宅スペースへと消えて行く。
その後ろ姿を見送るふりをして、慈郎は忍足に背中を向けたまま深呼吸で落ち着けた。

「あの子、『ちゃん』やろ?たまに自分や岳人の会話で出て来る。可愛らしいなぁ」
「……手出したら殺す」
「出すかいな」

むすっとした顔のまま、慈郎はお釣りをぐいぐいと忍足に押し付ける。
しかしその不機嫌そうな顔が照れ隠しだとバレバレなので、忍足はにやにやと笑ったまま。
それがまた腹立たしくて、慈郎は福引きの引換券を無造作にちぎった。

「でも、あれやな。ジローも好きな子の前だとカッコええなぁ」
「それ持ってさっさと帰れ」
「はいはい……て、随分ぎょうさんあるで?」
「……おまけだよ」

何に対するおまけか聞くまでもなく。
そう言うところはやはり慈郎も可愛いなぁなどと思って笑えば、また、睨まれた。