夏のある日




「あーつーいー」


大きなパラソルの下、じっとうずくまるようにしてデッキチェアに座り力いっぱいそう訴えたけど、目の前のテニスコートを走りまわっている連中には全く聞こえないらしい。
休日の部活の後、美味しくて冷たいジュースを飲みに行こうと、部室に残っていた数人のレギュラー部員が跡部の家に移動した。
けど、着いて早々ジローが裏手のコートへと走り――部活中は殆ど寝ているくせに、何故か跡部の家では元気がいい――それについて行く形で忍足と向日が続き、しょうがねぇなと跡部もそれに続き。
ちょっとだけだぞと皆そう言ってラケットを取り出していたはずなのに、ダブルスのメンバーチェンジは一巡してしまっていた。
ほんっとに、テニス馬鹿ばっかり集まっちゃって。


「ばかー」


さっきの半分くらいの声量でそう叫んだら、何故か跡部が「あーん?」って顔をこっちに向けて来た。
この地獄耳め。
って言うか、今まで何十回も叫んでいた台詞は敢えて無視してたわけね。
私は負けずにジトリと睨みつけた。


「こんな所でじっとしてっから暑いんだよ。暇なら審判でもしろ、審判」
「やだよ!あんな太陽に近い場所に昇ったら溶け死ぬ!」
「……てめぇ、部活の時はあんだけ走り回ってんのに、何なんだよ、その差は」
「部活は部活。今はもうオフモードなの」
「オンとオフの差があり過ぎだ」
「オンとオフはきっちり分けた方が作業効率が上がるとか何とかテレビで言ってた気がする」
「……っとに、減らず口が」


テーブルに置かれていたスポーツドリンクを手に取りつつ、私に非難の視線を送って来る跡部。
今は別にマネージャーじゃないもんね。
プイッと顔を背けたら、同じくスポーツドリンクを取りに来た忍足と目が合った。


「『美味しくて冷たいジュースを飲む』言う目的は達成されたんやから、ええやん」
「エアコンの効いた部屋で飲むのと、照り返しの強烈なコートで飲むのとじゃ、ありがたみが全然違うの!」
「いや、どっちか言うたら、コートの方がありがたみあるんちゃう?」


苦笑いの忍足に返事はせず、口を尖らせたまま目の前に置かれていたジュースを飲む。
テニスをしていない私には、メイドさんが冷たいオレンジミントティーを用意してくれていた。
その喉を通る冷たい感触に思わず表情が緩みそうになるけれど、ここで流されてはいけないと、プルプル首を横に振る。


「もーいーじゃん。ほら、がっくんもバテて来たし」
「な――っ、俺はまだまだ行けるぜ!」


コートの上、肩で息をしていた向日をだしにする目論見は失敗。
私の言葉に意地になって、ピョンピョン高く跳ね出した。
明らかに無理をしているその様に、流石に相棒も心配になったのか、「やめとき、岳人」と止めに入る。


「俺もそっちがいいな〜」


いつの間にやらすぐ隣りに来ていたジロー。
オレンジミントティーの入った私のグラスをヒョイと取り上げ、ちゅうとストローで一気に半分くらい飲み干した。
「あーっ!」と叫んだ時は時既に遅し、止める隙もない。
目が覚めてる時はホントに行動が早いって言うか、すばしっこいって言うか。


「そんな顔しないでよー、ほら、こっち上げるから」


そう言って差し出して来たスポーツドリンクのボトルは、もう殆ど空っぽだ。
目が覚めてる時はホントに図々しいって言うか、ずるがしこいって言うか。
抗議の視線を送ったけれど、そんなのどこ吹く風。
ジローは再びコートへ走って行く。


「跡部ー、次は俺からサーブねー!」


ブンブンとこちらに向かってラケットを振るジロー。
でも跡部の方はコートに向かう様子はなく、逆に私の隣りにあった椅子にドカッと腰を下ろした。


「あつっ!」
「えー何だよ跡部ー、もーバテたのー?」


すぐ近くに熱気を帯びた跡部が来たことに対する私の抗議と、自分の相手をしないことに対するジローの抗議と、その声が重なる。
跡部は椅子の縁に右足を掛けて片膝を立て、「ばーか。んなわけねぇだろ」とジローに向かっていいながら、こちらに手だけを差し出して来る。
思わず反射的に傍に置いてあったタオルを手に取ってしまった私は、何だか悔しくて、それを思い切り跡部に投げつけた。


「てめぇ、もうちょっと女らしい渡し方は出来ねぇのかよ」
「今はマネージャーじゃないし!」
「普段だって似たような渡し方だろうが」


豪快にゴシゴシと汗を拭う様を横目で見ながら、「ほんっとに、何か一言言わなきゃ気が済まないんだから」とボソリと言うと、「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ」と同じようにボソリと言われた。
ほんと、ムカつく。
気が付けば、目の前のコートでは既に機嫌を直したジローが、忍足&向日のダブルスとわいわい打ち合っている。
やっぱりもうバテて来てるじゃーん、と向日を見ていると、横からバサリと汗臭いタオルが飛んで来た。


「くさっ!あつっ!」
「あぁ?くせぇとか言ってんじゃねぇよ。俺様の汗なんだからいい匂いだろうがよ」
「んなわけないでしょ!くさっ!っつーかもう、顔についたじゃん!」


ぎゃんぎゃん騒ぐと、跡部が「うるせー女だな」と舌打ちしながら、こちらにグイと体を寄せて来た。
暑い、と抗議する隙も与えないまま、私の首元に顔を寄せてくんくんと鼻を鳴らす。


「てめぇも汗くせーじゃぇねか」
「〜〜っ!この、デリカシー無し男!」


タオルを丸めて投げつける。
けど、そんなの大した威力になどなるはずもない。
跡部はハンッと鼻で笑ってそれを受け止めた後、こともあろうに私のオレンジミントティーを全部飲み干してしまった。


「あーっ!!」
「いちいちうるせぇ女だな。代わりにそっちをやるよ」


そう言って顎で指したのは、跡部の分のボトル。
振ってみたら、さっきジローに渡されたのよりも軽い。
これじゃあ、ジローの方がマシじゃない!
心の中で叫びつつ、テーブルの上に置かれたままのジローのボトルを取ろうと思ったら、そっちも跡部がすかさず奪う。
で、お約束のように飲み干す。
鬼か!


「そんなに水分取って、具合悪くなっても知らないから!」


そう言ったらまた鼻で笑われた。
ホントに知らないからね!
地団太を踏む私に構わず、跡部は勝ち誇ったような後ろ姿を見せてコートに戻って行く。


「そんなにジローとが間接キスするのが嫌やったん?」


歯軋りする私には、その忍足の台詞は聞こえず、その後の跡部の「ばーか」と言う声だけが聞こえた。