private box




昼休みに確認したら、既にそれは満杯で一度入れ替えをした。
そして放課後、それは近づいて確認するまでもなく、数メートル離れた所からも山積みとなっているのが見えた。


生徒会長の、誕生日プレゼント用集積箱。


生徒会室前に置かれたその大きな箱は、去年もいっぱいになっていたが、今年はその比じゃないように思う。
夏の全国大会の影響なのか、それとも中学最後の誕生日だからと言うことなのか。
女の子たちにとっては年に一度の――いや、正確にはバレンタインデーを入れて二度の、跡部にプレゼントをするチャンス。
浮足立つのは理解できなくもないが、これを整理する立場の人間としては、この半端でない量に辟易してしまう。


これって、生徒会の書記の仕事じゃないよなぁ。


はぶつぶつ言いながら、腕時計を確認する。
4時を5分程過ぎている。
よし、もう締切だ、とその箱を抱え上げた。


10月4日とバレンタインデーには、生徒会室の前に跡部へのプレゼントを入れるための箱が朝の8時から夕方の4時まで設置される。
それは、跡部やが中学1年の時、女の子たちが個別に彼にプレゼントを持って来て収拾が付かなくなったことがきっかけだった。
プレゼントの一切を禁止すれば済んだことだが、それでは彼女たちの好意の行き場がなくなってしまう。
空気を読まない女の子には結構厳しいことを言うが、基本的に彼は自分のファンには優しい。
公認のファンクラブだってあるくらいだ。
そんなわけで、自分に物を贈りたいならそこに入れろ、と馬鹿でかい箱が用意されることになった。
個人的には一切受け取らない。
ただし、その箱に入れられた物には、クラスと名前さえ書かれていれば、必ずお返しがされた。
高級なチョコレートなど、皆一律に同じものなのだが。
しかしそれでも跡部からお返しが貰える、と言うのは女の子たちにとっては魅力的なようだ。
1年の時のバレンタインよりは2年の時の誕生日、2年の時の誕生日よりは次のバレンタイン、とどんどんプレゼントの量が増えて行く。


生徒会室の入口のドアノブを肘で押し、「よいしょ」とお尻でドアを開ける。
中に入って振り返ると、呆れた顔をした生徒会長――跡部と、可笑しそうに笑っている副生徒会長が奥に座っていた。


ちゃん、お疲れさま」
「てめー、横着してんなよ。ちゃんと一度ドアを開けてから運び込め」
「……会長に言われたくないんですけど」


やや非難を込めて目を細め、は跡部の言葉を気にせず段ボールの中身をザラザラとテーブルの上に広げた。
昼休みの終わりに集めた分も含めて、長机2つ分は埋め尽くす。
これを全部自分一人で整理するのかと思うと、始める前からうんざりするが、愚痴を言っても仕事が終わるわけではないので、はノートパソコンを開いた。
前回のバレンタインの時は樺地も手伝ってくれたが、今日は生憎別の仕事で外に出ているらしい。


「今年はまた一段とすごいね」


副会長が近寄って来て、山積みになったプレゼントから一つを手に取り、一通りその凝ったラッピングを眺めた後、またそのまま元に戻した。
手伝ってくれてもいいのになぁと内心思いながら、は他の包みを取って、ペリペリとその包装をはがす。
中に入っているメッセージカードに、差し出し人の名前が書かれていないか確認するためだ。
出来ればカードは包装の外側にシールとかで貼っておいて貰えると助かるんだけど。
そう思いながら、中からカードを取り出して、そこに書かれていたクラスとフルネームをパソコンに打ち込んだ。
副会長の彼女は、基本的に自分の仕事以外はしない。
お願いすれば手伝ってくれることはあるが、自ら進んで他人の仕事には首を突っ込まないと言う主義らしい。
この仕事もから「手伝ってください」と言えば、きっと一緒にやってくれるだろう。
けれど、この副会長は跡部にご執心で有名だ。
自分の好きな男が他の女から貰ったプレゼントを一つ一つチェックするなんて、彼女からしてみれば屈辱に違いない。
そう思うと、ちょっとお願いするのは憚られる。


「あ、そうだ」


副会長が何か思い出したように、自分の席へと戻る。
そして鞄から小さい包みを取り出して、またの方へ戻って来た。
そのプレゼントの山の一番上にそれを乗せる。


「これも、よろしくね」


チラリと覗きこめば、それは有名ブランドのロゴの入ったパッケージ。
箱は小さいけれど――カフスとか、アクセサリーか何かだろうか。


「もう4時は過ぎてるぜ」


二人の後ろから、無愛想な声が響く。


「生徒会のよしみで、時間外受付とかしてよ」
「例外はねぇよ」
「けーち」


口を尖らせる副会長。
けれどそのプレゼントを引っ込めるつもりはないらしい。
そう言えば、前回のバレンタインでは個別に渡そうとして、にべもなく突き返されていなかったか。
やっぱり「例外はない」と言われて。
懲りないなぁと思いながらも、の方も、跡部の言葉は無視して副会長の名前をパソコンに打ち込む。
でも、彼女のように、何かしら彼の印象に残りたい、と言うのは分からないでもない。
こうやって一生懸命プレゼントを考えて贈っても、結局その他大勢に紛れるだけなのだから。
単なるファンならそれでもよいだろうが、やはりそれだけで満足出来ない子は、いるものだ。
自分も含めて。
は二人の会話を無視して、黙々とデータ打ちに専念する。


「今年はマカロンが多くない?こんなに食べたら虫歯になりそうね」
「別に食いたいなら持って帰っていいぜ」
「ひどーい、女の子のプレゼントを他の子にあげちゃうの?」
「どうせ全部一人でなんて食いきれねぇんだ。持って帰っても大半を使用人にやってる」
「ええ、そうなんだ」


可哀そう、そう言いながらまた一つを手に取っては机に戻そうとする副会長。
「ああ!そっちはもう入力終わった物なんで、一緒にしないで下さい!」とが慌てて言うと、あっけらかんとした調子で「ごめんごめん」と笑った。


「おい、今日もう仕事がねぇんなら、さっさと帰れ。の邪魔してんじゃねぇよ」
「はーい」


肩を大仰にすぼめて、彼女は自分の席へ。
そして鞄を手に取るともう一度の方へやって来て「頑張ってね」と言って帰って行った。
――いや、だから頑張ってと言う位なら自ら手伝ってくれても。
はため息を吐き出しながら、背中を向けて手を振っている副会長に「お疲れさまでした」と声を掛けた。


一気にしんとなる室内。
跡部は自分の席にゆったり腰掛けて、何やら書類に目を通している。
そしてはシールをペリペリはがしたり、リボンを解いたり、名前を入力したり。
この作業に慣れて、手際が良くなってしまった自分が悲しい。


「……やっぱりこれは生徒会の仕事じゃないと思うんですよね」


悪あがきのように、ボソリと呟く
それを聞き逃さなかった跡部は、フンと鼻で笑い、書類から顔を上げもしない。


「まだそんなこと言ってやがるのか」
「いや、だって、どう考えても納得いかない……」
「生徒が円滑な学園生活を送れるようにするのが、俺たちの仕事だろ。『それ』がなかったら今日一日どうなるか、お前だって分かってるだろうが」


それ、と言って跡部はさっきまで外に出されていた段ボール箱を指差す。
何だかこじ付け臭いと思いながらも、は押し黙る。
しかしこれだけは主張しておきたい、ともう一言。


「でも、このプレゼントチェックはどうなんですか。こう言うのって、貰った本人がすればいいんじゃぁ――」
「俺がそのチェックに時間を取られて他の仕事に影響が出てもいいって言うのか?」


酷い理不尽な脅し文句だ。
は我慢出来ず、俯いて思い切り顔を顰めて舌を出した。
「どうかしたか」と聞いて来る跡部には、もちろん、その顔はばっちり見られているのだが本人は気付かない。


「それにしても、食べ物が多いですね。9割くらいかな。さっき副会長が言ってたマカロンもですが、キャラメルっぽいのも多いような」
「そう言う形の残らない物が無難で有難がられるって、いい加減気付いたんだろ」


……副会長は形に残る物を贈ってますが。
声に出して言おうと思ったけれど、寸でのところで思い止まった。
濃紺の紙袋を開けると、美味しそうなチョコレートの匂い。
その袋と中の箱にはドイツ語らしき言葉が金色の文字で書かれているが、店名は何と発音するのか分からない。
これは、もしや直輸入品とか言うのかな。
箱を鼻先に近づけ、くんくんと匂いを嗅いでいると、跡部の呆れた声が聞こえて来た。


「何してやがる」


思ったより近いその声にが顔を上げると、跡部はいつの間にか席を立ち、彼女のすぐ傍まで来ていた。
の隣りにある椅子の背凭れに寄りかかりながら、怪訝な表情の跡部。


「いや、これ、いい匂いだなと思って。他と違う匂いがする」
「随分と目が肥えて来たじゃねぇか。いや、鼻が利くようになった、か」
「……何だかあんまり嬉しくないのは何ででしょうか」
「これはウィーンにある老舗のチョコレートだな」


のテンションの低い問いは無視し、跡部は彼女の手からその箱を取り上げ、パカリと蓋を開く。
途端周囲に広がる、甘い、けれど上品な香り。
思わずが目を瞑って深呼吸すると、「大げさな奴だな」と跡部は苦笑い。


「1個やるよ」
「え、でも」
「毒見係だ」
「え――」


跡部はプラリネの1つを手でつまみ、の口に放り込む。
口の中に広がるチョコレートの味に、は彼の納得いかない言葉に反論することを忘れて「美味しい!」と叫んでしまった。
そんな彼女を見て笑みを浮かべながら、跡部はわざとらしく「よし、大丈夫だな」と言って自分もその1つを口に入れる。


「ちょっとカイチョー!人を実験台にしないで下さい!」
「実験台じゃなくて毒見係だ。これだけ多いと違う意図の物が紛れてるとも限らねぇしな。うん、美味い」
「な――っ、それじゃあもし本当に毒が入ってて私が死んだらどうするんですか」
「その時は手厚く葬ってやるから安心しろ」


無表情で言ってのける跡部に、があんぐり口を開いていると、そこにまたチョコレートを1粒放り込まれる。
何だか適当に誤魔化されている気がするけれど、その味の前ではどうでもよくなって来た。
もぐもぐと口を動かし、隣りでもう1個箱から取り出す跡部を見上げる


「――で、お前は?」
「え?」
「今年もなしか」
「いや、その……」


ニヤリと意地悪く口角を上げる男に、は慌てて仕事を再開する。
そして、一瞬だけ少し離れた場所に置いてある鞄に視線を向けた。
プレゼントを用意していない訳ではない。
去年の誕生日も、本当は持って来ていたのだ。
けれど箱に入れる直前に生徒会室で跡部が食べ物の方が無難で助かると他の生徒に話していたのを聞いてしまい、持って来ていたのが本だったので、止めてしまった。
今日も自分の好きな洋菓子店のチョコレートを用意したのだが、何となく箱に入れるタイミングを逃しタイムアウト。
しかも、こんな美味しいチョコレートを食べた後ではわざわざ出すのも気が引ける。


気まずい沈黙のまま、カタカタとキーボードを叩くの横で、跡部は先ほど副会長がやったように無造作にプレゼントをピックアップし、さして興味もなさそうに眺める。
もしや、会長は今日の仕事が終わったのでは。


「……会長、仕事終わったなら手伝ってくれてもよいと思いませんか」
「随分と副会長には遠慮しているようだが、俺にはズケズケと言うんだな」
「そんなこと、ありません」


副会長は、同志だし――ライバルだし。
もちろんそんな台詞は口に出さず、当たり障りのない返事。
更に意地悪い笑みが深まった跡部の顔には気づかないふり。


「――何だか、大体同じようなプレゼントですよね」
「あん?」
「まあ……しょうがないですけど。何か、1つ位凝った物が入っててもいいと思いますけど」
「お前の言う凝ったものって、例えばどんなのだよ」
「えーと、例えば……自分にリボンを付けて箱に入っちゃうとか」


あはは、案外ベタですかねぇ。
自分の言った例えがちょっと恥ずかしくて、はそう付け足してカラカラと笑った。
けれどその笑いは跡部の突拍子のない行動に呆気なく中断させられる。


「――え?わっ……かっ、かいちょー!?」


椅子に寄りかかっていた跡部が、クルリとへと向き直り、少し屈んだかと思ったら一気に彼女の脇を抱き上げた。
彼女の腰かけていた椅子がガタンと大きい音を立てて倒れるのに構わず、まるで小さい子を高い高いするように抱え上げられ、は目を白黒させる。
いつもは見上げている跡部の顔が、自分のすぐ下にある。
しかしその表情自体は、何かを企むかのような意地悪い笑み。


「おっ、下ろして下さい!!」


羞恥に一気に顔を紅潮させたは、跡部の肩をどんどんと叩くけれど、彼の方は気にせずそのまま彼女を抱えたまま歩き出し、今は空になっている段ボール箱の前で足を止めた。
そしてそのままその箱に彼女を入れようとした。


「じゃあ、お前が入るか?」
「えっ、わっ、わーっ!」
「特別に時間外受付に応じてやるよ」
「えっ、わっ、やっ――」


もう何と言うか、半ば条件反射的に足をバタつかせ、何度も首を横に振る
その様子が本当にあまりにも必死で、跡部は苦笑を漏らしつつ段ボール箱の中に入れるのは止めて、近くの机の上に下ろした。
助かった――と思うのも束の間、机に両手をついたままの跡部の顔が、今度はすぐ目の前にある。


「そんなに嫌がられると、流石に傷つくな」


全く傷ついた様子なく、跡部は息の掛かりそうな距離でニヤリと笑う。
「別に嫌がってるわけじゃ……」と言うの声はだんだん消え入りそうだ。
ついさっきまで、どちらかと言えば飄々と強気発言をしていた彼女が変わって行く様子に、満足げな跡部は、更に追い打ちをかけるようにの髪を耳に掛けた。


「じゃあ――そうだな、今回はこれで我慢しておいてやる」


え、と問い返す隙を与えず、跡部はその髪に触れた手で、すいと耳たぶを撫でて。
そして、ちゅ、と小さな音を立てて頬にキスをした。


思いもよらない跡部の行動に、照れるより前にビックリしたは、あんぐりと大きく口を開けてしまった。
そんな彼女に苦笑して「色気のねぇ顔だな」とその下唇を抓る。
実はそんな彼も照れていた、なんてことは、頭がぐるぐる回っている今のには気づくはずもない。


「来年は楽しみにしてるぜ?」
「え……えっ?」
「まあ、バレンタインでもいいか。首にリボン巻いて箱に入ってたら――笑ってやるよ」
「――って、笑うんですか!」
「あーでもバレンタインにはもう生徒会の役員じゃねぇから箱は置けねぇな。仕方ねぇからお前用にだけ教室の前に箱を置いておいてやる」


くく、と笑う跡部。
好き放題言う彼に言い返そうとしたの頬に、また跡部が掠めるようなキスをした。