spoil




「秋の特別メニュー始めました」


食堂の入口に掲げられたそのプレートの前で、眉根を寄せて立ち尽くす少女。
その後ろ姿で向日はすぐにだと気が付いた。


「―――いつまでそうして立ってんだよ、


まるで人生の重大な選択でも迫られているかのような彼女の表情に、向日はあからさまな呆れ顔。
しかしそんな相手の表情などお構いなしに、は尚も唸る。


「大変ですよ、向日さん!今日からさんまの塩焼き定食とカキフライ定食が始まりました!」
「……で?」
「今日は特別にさんまの塩焼き定食にはキノコの炊き込みご飯が付くんです!」
「へえ……で?」
「で、今日のカキは特別に広島産らしいんです!」
「ふーん……で?」
「どっちも選べません!」
「じゃあどっちも食うな」


そう言い放って、さっさと食堂へ入ろうとする向日。
しかしその腕をがすかさず掴む。


「向日さん、薄情すぎるっ!」
「俺にどうしろって言うだよ!?じゃあどっちも食え!」
「食べきれません!」
「知るか!!」


二人のやり取りを物珍しそうに眺めては、その後ろを通り過ぎる他の生徒たち。
一通り人の波が通り過ぎると、背後から呆れと苛立ちの混じった声。


「邪魔だ、女!」
「邪魔言うな!『女』言うな!!」
「ならメス猫とでも言った方がよかったか?」


振り返ると、そこには当然のように樺地を連れた跡部が腕組みして仁王立ち。


「そんな所につっ立ってないでさっさと中に入れ」
「でも決められない……っ!」
「炊き込みご飯くらい家で食え!」
「ああいうのは大きな釜で作った方が美味しいの!」
「広島産カキなんて大して珍しくねぇだろうが!」
「そりゃ跡部にとっては珍しくないかもしれないけど、私には貴重なの!」


ああ言えばこう言う。
普段から強情なところのある
食べ物のこととなると一層それに拍車がかかる。
妥協を許さない―――と言えば聞こえはいいが、要は優柔不断だ。
キッと見上げてくるに頭が痛いとばかりに、跡部は眉間を手で押さえる。
こんな悩ましげな表情をする跡部と言うのは校内で滅多にお目にかかることはできない―――一つ下の従妹である絡み以外では。


「……じゃあ俺がカキフライを頼むから、お前はサンマにしろ」
「えっ!」
「カキフライを分けてやるから。それでいいだろ?」
「えっ、でも、サンマは分けられないよ……」
「別にいらねーよ」


ほら行くぞ。
そう言っての肩を掴み、食堂へと入って行く跡部と、それに続く樺地。
やっと飯にありつける。
向日はほっと安堵のため息をついて後に続いた。


しかし問題はまだ終わっていなかったらしい。


「跡部……内臓が付いてる……!」
「あぁん?んなもの、嫌なら避けて食え!」
「ちゃ、茶色いものがブニョブニョしてる……っ、触れないっ」
「そんな小さい内臓位でうだうだ言うな!」
「だって普段家では内臓取ったのしか出ないし!」


向日は隣りでのやり取りを聞こえないふりをし、ご飯をかき込む。
こいつらの相手をマトモにしちゃ駄目だ。
さっき食堂の入口で学習した。
チラとだけの方を見ると、冗談抜きに青ざめた顔。
本当に内臓が苦手らしい。


「ちっ……しょうがねぇな……」


跡部の舌打ちする音。
「貸せ!」とからサンマの載った皿を奪う。
そして鮮やかな手つきで綺麗に頭と内臓を取り、小骨まで取り分けた。
内臓をの目に入らないようにと、自分のカキフライの皿の端に避けることも忘れない。


ホントに……何て言うか……甘過ぎるだろ、跡部。


そんな呟きは心にしまい、向日は味噌汁を一気飲み。
でも、跡部がこんなだからファンクラブの女子も迂闊に手出しできない、と言うのだから、これはこれでいいのか。
そう一人で納得し、今度はお茶をがぶ飲み。


「ほら、食え!」
「ありがとう、跡部!じゃあ大根下ろし少しだけあげるね!」
「いらねーよ!て言うか、醤油かけ過ぎだ!」
「相変わらずのイチャイチャぶりだねー、この二人」


向日の後ろ、先に食事を終えた滝が「あはは」なんて暢気に笑いながら、二人には聞こえない程度の小さな声で言う。
イチャイチャ……これをイチャイチャって言うのか?


「でもどっちかって言うと、父娘って感じじゃね?」
「だとしたらダメなお父さんだねー」


また「あははは」なんてさわやかに笑う滝。
こんな温厚そうな顔をして、案外怖いものなし。
向日は肩を竦める。


「―――タルタルソースが付いてるじゃねーか。お前はホントにガキか」


おすそわけに貰ったカキフライのソースが、の口の端に付いている。
呆れた顔でやや乱暴にそれを親指で拭う跡部。
そしてごく自然にそれをペロリと舐める様に、お茶を噴きそうになったのは向日だけ。
は「ガキじゃない!」なんて言いながら箸を握りしめて抗議するだけ。


「これくらいに反応しちゃ駄目だよ、向日」
「……ホントにこいつら……バカップルかよ!」
「今頃気づいたの?」


無駄に爽やかな滝の笑顔。


「見てて飽きないよね、この二人。あと向日もね」
「おれ?」
「入る隙ないって分かってるくせに、一緒にいるんだから」
「……うるせーよ、滝」


子離れ出来ない父親。
親離れ出来ない娘。
たぶん、二人とも一生このままなんだろう。


「あ!跡部だって目の下に胡麻飛んでる!」
「これはホクロだっ!殺すぞっ!」


まだまだ終わりそうもない二人の言い合いに、向日は大きなため息を吐いた。