アンケートお礼 (2008年11月)
食堂の入り口で、眉根を寄せて立ち尽くす少女。
何だか数か月前にも似たようなことがなかったか?
向日はそんなことを思いながら、敢えて無視して食堂に入ろうとすると、その少女―――にしっかと腕を掴まれた。
顔は前を向いたまま目線だけ彼女の方に向けると、まるで人生の岐路にでも立ったかのような深刻な顔。
「向日さん、大変です!今日はスペシャルデーらしいです!」
「……で?」
「無料でショートケーキかチョコレートケーキがサービスされるらしいんです!」
「ふーん。……で?」
「どっちも選べません!」
「じゃあどっちも食うな」
そう言い放って、腕を掴んだままのを引きずりながら中に入ろうとする向日。
やはり数か月前のデジャヴとしか思えない。
「向日さん、薄情すぎる!」
「じゃあどうしろってんだよ!んな、食堂で出るケーキなんかたかが知れてるだろ?どっちでもいいじゃねーかっ!」
「人生いつでも真剣勝負です!」
「知るか!」
その時、後ろから呆れと苛立ちの混じった声。
「邪魔だ、メス猫!」
「邪魔言うな!メス猫言うなー!」
「この前「女」って言ったら嫌がったからメス猫にしてやったんだろうが」
振り返れば樺地を連れた跡部の仁王立ちする姿。
「猫なだけ可愛げがあるだろう?」と鼻で笑うその男に、はギリギリと悔しそうに歯ぎしりする。
「向日の言う通りだ。どっちでも大差ねぇだろうが」
「でも決められないっ……!」
「じゃあショートケーキ選んで、帰りにチョコレートケーキ買えよ」
「でもチョコーレートケーキのチョコ、ベルギー産なんだって」
「今時ベルギー産くらい珍しくないんじゃねぇか?」
「そんなことないよ!」
「なら、チョコーレートケーキ選んで、ショートケーキを家で食えばいいだろうが
「でもショートケーキの苺、福岡産の朝摘みだって……っ」
ああ言えばこう言う。
どちらのケーキにしようか悩むなんて女の子らしくて可愛げがある―――なんて暢気なことを言っていると昼食を食べそびれること間違いなし。
しらっとした目で見上げてくる向日から視線を逸らし、深いため息を吐く跡部。
「……じゃあ、俺がチョコレートケーキを選ぶから、お前はショートケーキにしろ」
「えっ!」
「俺のケーキをやるから。それでいいだろ?」
「あ、じゃあ、私もショートケーキ分けてあげるね!」
「別にいらねーよ」
ほら、行くぞ。
そう言ってりょうこの肩を掴み、食堂へと入って行く跡部と、それに続く樺地。
結局はまたこのパターンか。
そう思いながらも、向日はほっと安堵のため息をついて後に続いた。
しかし災難はこの後に待っていた。
「うわ!やっぱりすごく美味しいよ跡部!さすが、うちの学食だよね!」
跡部に貰ったケーキを頬張りながら、幸せそうな笑みを満面に浮かべる。
それはよかったな、と言いながらコーヒーを飲む跡部。
「……クリームがついてるじゃねぇか。ったく、成長しねぇな、お前は」
チョコレートクリームがの頬についている。
呆れた顔でやや乱暴にそれを親指で拭う跡部。
そしてごく自然にそれをペロリと舐める様に、コーヒーを噴きそうになった向日も成長していない。
「そうやって面前でイチャイチャしちゃう跡部も成長してないよねぇ」
向日の後ろ、先に食事を終えた滝が現れて「あはは」なんて暢気に笑う。
「ダメなお父さんぶりは健在だねー」
無駄に爽やかな滝の笑顔も数か月前と変わらない。
―――いや、若干毒気が増したような気がしないでもない。
そんな滝と向日の会話など耳に入らず、今度はショートケーキに取りかかる。
この生クリームも最高!などと言ってまた顔を蕩けさせる。
そこまではとりあえず平和だったのだが、の性格をあまり知らない人物の乱入により空気は一変した。
「あれー、ちゃんって、苺きらいなの?」
あんなに食堂の入口で悩む原因となった苺を嫌いなわけがない。
最後の最後に食べようと端に避けてあったそれ。
跡部や向日が止める隙もなく、たまたま通りかかった芥川の口へと放り込まれてしまった。
は、好きなものは最後まで取っておくタイプなのだ。
「……」
あまりのショックに言葉もなく、もぐもぐと動く芥川の口元を見るだけの。
だんだん焦点がぼやけて行っているのが、傍からも分かる。
「―――っ、ばかっ!ジロー!!お前……っ!」
「え?なになに?どうかした?」
何が何だかさっぱり分からない芥川は、向日の剣幕にたじろぐばかり。
滝は「あーあ」なんて言いながらも、目は笑ってる。
跡部はこれくらいのことは日常茶飯事なのか、眉間を手で押さえてため息をつきながらも冷静だ。
廃人になりかかっているの肩を揺すり、向日一人必死。
「落ち着け!苺は明日こいつに福岡まで取りに行かせるから!」
「えー?無理だよ向日〜。明日は対抗試合じゃないかー」
「うるせーっ!午後までに帰ってくればいいだろっ!」
「そんな、無茶苦茶なー」
ぶつぶつ言う芥川に、噛みつく向日。
「あーあー、ダメなお父さんが増えちゃったな」
ポツリ、呟いた滝の台詞が跡部の耳に入る。
ジロリと見上げた跡部に、滝は微笑いながら小さく肩を竦めた。