逃がすと思ったのか?




「お腹空いた……」


二時限目の授業が終わって、私は机に突っ伏す。
持ってきたお菓子は、一時限目の後に食べきってしまった。


「お前、さっきも食ってたじゃねーか」
「あんなんじゃ足りない」


隣りの席から聞こえて来る声に、私は顔を上げず返事する。
そのせいで、何だかモゴモゴした声になってしまった。
でも私の今の悲愴感を表してていい感じだ。
はーあ、と魂まで吐き出してしまうんじゃないかと言うくらいの長いため息を吐き出す。
すると「しょうがねぇな」と言う声と共に、机の上に何やら箱らしきものが置かれる音。
チラ、と視線だけ向けると、そこには赤い箱。
は!これは私の大好きなバタークッキー!
私はガバリと起き上がった。


「え!なに?これくれるの?桑原くん!」
「ほんっとに、お前は現金だな。ああいいよ、やるよ。ブン太に持ってかれないうちに食っちまえよ?」
「ありがとう!」


私はこれでもかってくらい満面の笑みを浮かべて、その箱をペリペリと開いた。
中の袋を開けるとバターのいい匂い。
私は涎の垂れそうになるのを堪えながら1枚を取り出した。


「いただきまーす」
「おう」


しょうがない奴だなって顔で、頬杖突きながら桑原くんが笑っている。
私は目の前のクッキーに必死で、そんな彼に構わず2枚3枚と手に取った。
朝ごはんはいつもしっかり食べている。
別に帰宅部だから朝練で体を動かしているわけじゃない。
けど、いつもお昼休みになる前にお腹が空いちゃうのだ。


「あ、!てめー何食ってんだ!」


教室の入口で大きな声が聞こえて、私は慌ててそのクッキーの箱を抱えた。
ライバル登場だ。
ドカドカと大きな足音と共に近づいて来た丸井くんが、私の腕の中からその箱をひったくろうとする。


「独り占めする気かよ!?ほんっとに意地汚ねー女だな!」
「うるさい!」


ここでうっかりお菓子を差し出しちゃダメだ。
一度渡してしまったら最後、一瞬にして全部食べられてしまう。
それはもう何度も学習済みだから。


「つーか、俺様は朝練も出てんだからな?てめーは何もやってねーだろうが」
「空腹に部活とか関係ないし!」
「どんだけ燃費悪ぃんだよ」
「丸井くんに言われたくないし!」


食べ物の恨みは恐ろしい。
そんな言葉を体現するかのように、丸井くんは私のほっぺたをあり得ないような力で押しまくり、箱を取り上げようとする。
それでも何とか半分は根性で食べた。
そしてちょっと力を緩めた隙に奪われてしまった。


「うわ!もう殆どねーし!」
「半分は残ってるでしょー!?」


箱をカラカラと振って、私を睨みつける丸井くん。
私も負けずと睨み返した。
その隣りで、呆れた顔をした桑原くんが「お前らなぁ……」とため息を吐き出す。


「今年になって、ブン太がもう一人増えたみたいだな」
「ええっ!こんな食欲大魔神と一緒にしないで!」
「その台詞、そっくりてめーに返してやるよ!つーか、今までジャッカルのもんは全部俺のもんだったのによー」


桑原くんとは、今年になって初めて同じクラスになった。
私は別にテニス部の追っかけとかやっていないから、一緒のクラスになったことのない桑原くんのことは名前と顔くらいしか知らなくて、最初怖い人なんじゃないかと思ってた。
だって、大きいし、髪の毛ないし、声も低いし。
だから実は最初なるべく近寄らないようにしていた。
隣りの席になったときも、うわーどうしよう、なんて内心焦ってた。
けど、今日みたいにガス欠になっていた私を見て、桑原くんの方から声を掛けてくれたのだ。


「どうしたんだよ、。具合悪いのか?」


本当に心配そうな声で。
怖いと思ってた低い声が、すごく優しく聞こえて。
うわー、こんな所で「お腹空いた」なんて言えないなーと思ったら、豪快にお腹の虫が鳴いた……。
目を大きくして、動かなくなる桑原くん。
わーって慌てて声を上げて誤魔化そうとしたけど、既に手遅れだった。
恥ずかしくて死にそうなくらい真っ赤になる私に、桑原くんは「ははっ」と可笑しそうに笑って、そして、鞄からチョコレートを取り出し私に差し出した。


「よかったら食えよ。こんなんじゃ腹は膨れないかもしれないけどな」
「えっ、い……いいの?」
「ああ。遠慮すんな」


怖いと思ってた顔が、すごく爽やかさんに見える。
私って現金!
そう思いながら、私は空腹に勝てず、そのチョコレートを受け取った。


「ふわー、美味しい〜!癒される〜」
「何だ、そりゃ」


チョコレートと一緒にとろけそうになる私に、桑原くんは呆れたような笑い。
その笑顔がまた優しくって、とろけそうだった。
それ以来、私がグッタリしていると桑原くんはお菓子をくれるようになった。
最初は遠慮した方がいいかなって思ったんだけど、「遠慮すんなよ、お前が食べるかと思って持って来たんだからさ」と言ってくれる桑原くんに甘えて、貰ってばかり。
何だか、ブリガデイロとか言う甘ぁいお菓子も持って来てくれたりして、その時初めて桑原くんがブラジル人とのハーフだって知った。
席替え後一週間で、私の桑原くんの印象は「怖い人」から「お菓子をくれるいい人」にガラリと変わってしまった。
それでもって、その桑原くんの所によく来るお友達の丸井くんは「女の子に人気のあるちょっとカッコイイ人」から「食べ物のためなら手段を選ばない食欲大魔神」と言うイメージに変わっていた。
毎日が丸井くんとの戦争だ。
私が桑原くんからお菓子を貰って食べてると、どんだけ鼻が利くんだって位、すぐに丸井くんがやって来るのだ。


「お前さー、ジャッカルに貰ってばっかいねーで、たまにはお返しとかしたらどうだよ?」


ある日、いつものように食べ物を貰いに来た丸井くんが、桑原くんがいなくって舌打ちしながら彼の席にドカッて座って、そんなことを言って来た。
うん確かに。何かお礼はしなきゃいけないよなぁと常々思ってたんだよね。
でもそれを丸井くんに言われるとムカつく。
自分はどうなのよ、自分は。


「……でも、桑原くんの欲しい物って何だろう?いっつも話してて思うけど、あんまり欲のない人だよね」
「まー、あいつが今一番欲しい物は知ってるけどな」
「え?なに?」
「教えてやんねー」
「何、それ!……うーん、じゃあ、物じゃなくて、何かこう、やってあげる、とかは?掃除当番代わりますとか」
「色気ねーなぁ」
「お返しに色気は要らないと思うけど……まあいいや。じゃあ肩たたき券とかはどうよ?」
「お前、それ本気で言ってんのか?そうだな、マッサージ券ならギリギリOKだな」
「……何だろう、丸井くんが言うとヤラしいものを想像してしまう」
「何なら、俺が練習台になってやってもいいぜぃ?」


私は持っていたノートを丸めて丸井くんの頭を叩いた。
人が真面目に相談しているのに。
いや、私も変なツッコミを入れたんだから丸井くんのことを言えないけど。


「まあ冗談はそれ位にしといてだな。手料理とかどうだよ?」
「えっ、手料理?いきなりそれはキツくない?」
「お前なら、ンなことねーって。お前、この前料理は結構得意だっつってたじゃねーか」
「うんまあ……苦手じゃないけどさ」


何せこう四六時中お腹が空いてるもんだから、お母さんも毎回作ってくれる訳なくて、自分で何とかせざるを得ないことがよくある。
で、必要に迫られて作っているうちに、それなりに慣れて来てしまったって言う感じだ。
だから別に料理が趣味、とかそう言うんじゃない。


「でも、別にお洒落な料理とか作れないよ?フツーなのばっかりだよ?」
「それがいいんだって!そう言う家庭の味が男の心を鷲掴みにするんだよ」


いや、別に桑原くんの心を鷲掴みにしたい訳じゃなくて、お礼をしたいだけなんだけど……。
何だか微妙に目的がずれているような気がしたけど、とりあえず何も言わずに頷いておいた。


「俺の席で随分盛り上がってるな」
「お!ジャッカル!いや、そんなんじゃねーよ、ちょっと……な!
「えっ!?あ、ああ、うん、ちょっとね」


いつの間にか戻って来た桑原くんが、すぐそこに立っていた。
まさか桑原くんへのお礼の話をしてたんだなんて、恥ずかしくて言える訳がない。
私は丸井くんの言葉に、コクコクと何度も頷いて、桑原くんに自分でも分かるくらい不自然な笑顔を向けた。


「じゃ、、今度結果聞かせろよ!」
「は?結果?」
「余ったら俺が貰ってやるから安心しろぃ」
「あげないよ!」


慌ただしく丸井くんが自分の教室へと戻って行く。
そこに立っていた桑原くんは、何だか複雑な表情をしながら席に着いた。
どうしたんだろ?なんて思いながらも、私はどんなメニューにしたらいいかと考えを巡らす。
やっぱり洋食がいいのかなぁ?
それとも、案外和食でさっぱりとか好きかなぁ?
お礼するからには、喜んで貰えるものがいい。


「ねえ桑原くん。桑原くんの好きな食べ物って何?」
「え?お、俺?」


オーバーな位に、ビクリと驚く桑原くん。
思わず私までビクッとしてしまった。


「ご、ごめん、驚かしちゃった?」
「ああ、いや……一瞬ちょっと考え事しちまって。えーと何だっけ……好きな食べ物か……。そうだな、焼肉とか好きだぜ」
「え、あ、や、焼き肉……かぁ」


それはまあ、簡単でいいけど……お礼の手料理としてはそれはどうなんだろう。
桑原くんは焼肉を思い出したのか、さっきの変な表情は消えて嬉しそうに続けた。


「ああ、この前テニス部の奴らと焼肉食べ放題の店に行ったんだけどさ、皆で吐きそうな位食ったぜ!」
「……そのお店つぶれなかった?」


部長さんとか、そんなに食べなさそうだけど、あのいつも帽子を被っている怖い人とか、すごく大きいし、恐ろしいほど沢山食べそう。
丸井くんは言わずもがな、だけど、桑原くんも結構食べそうだよね。
食べ放題の割には、そこのカルビは厚くて、タレもオリジナルで――と説明する桑原くん。
何だかお腹が空いて来てしまった。


「あそこなら、お前も満足するかもな。今度一緒に行くか」
「うん!そうだね」


ニコニコと嬉しそうに笑う桑原くん。
そうだな、何も家で手料理とかじゃなくても、その焼肉のお店で御馳走してもいいんじゃないかなぁ。








「ばーか!そんなん全然ダメだって!」


次の日、また桑原くんが席を外している時に、結果報告をしろと丸井くんが現れた。
いや、昨日の今日で結果報告って出来る訳ないじゃん。
第一昨日部活で帰り一緒だったんじゃないの?
それでもって、昨日焼肉の話をした時思いついたことを話したら、思いっきり駄目出しされた。


「えー?何で?そっちの方が満足感は大きいと思わない?」
「んなワケねーだろ?そんな焼肉の店なんて、後で行けばいいんだよ、後で!」
「ええ〜?」


後でって……それは、お礼第2弾で行けってことなのかな。


「青椒肉絲とか食いてーなぁ」
「中華かー。……って、それ、丸井くんが食べたいってだけなんじゃないよね」
「中華なら、エビチリとかもいいな!」


そう言って、ありったけの中華料理の名前を口にする丸井くん。
何だかなぁと呆れながらも、まあ、中華でもいいかなって思った。
あまり調理に時間が掛からないからよく作るので、比較的得意な方だし。


「今度の日曜は、俺たちの部活オフだから、家に呼んでやれよ」
「ええー、今度の日曜って……確かうち、誰もいないよ」
「おー!じゃあ絶好のチャンスじゃんか!」


それって絶好なのかなぁ?
確かに、うるさいお父さんとか居ないのは助かるけど。
そんなことを考え込んでいたら、また昨日と同じように、戻って来た桑原くんが微妙な表情をして立っていた。


「何だよ、ジャッカル、いたのか?」
「いたのかって……そこは俺の席だ」
「分かってるって。じゃあな、!月曜に結果聞かせろよ!ついでに残った奴持って来てもいいぜ!」


それが目的かよ!
心の中で突っ込む私の声なんか聞こえるはずもなく、丸井くんはまたバタバタと教室へと戻って行った。


「お前らって……仲いいよな」
「えー、仲いいって言うより、ただのお節介って言うか」


微妙な表情のまま、桑原くんは席に座る。
うーん、丸井くんの言うとおりにするのは癪だけど、でもやっぱりお礼はした方がいいと思うし。
善は急げで、ここで誘ってみるべきかな。


「桑原くん、今度の日曜日は空いてる?」
「え?お、俺?」


またビクリとする桑原くん。
考え事をしてたんだろうか、私は昨日よりも驚かずに「うん」と言って頷いた。


「あのねー、いつもお菓子貰ってばかりでしょ?だからお礼したいと思ってさ。よかったらお昼とか、うちに食べに来ない?」
「えっ!の家に!?」


さっきよりもビックリした声。


「うん、ほら、焼肉はまた今度ってことで、私がご飯作るよ。あ、心配しなくても人が食べられる物は作れるから!」
「いいのか?」
「もちろんだよ、桑原くんにはお世話になってるからねー」


あー、そう言えば、家族以外にご飯食べてもらうのって初めてかもしれない。
どうしよう、大丈夫かなぁ?
桑原くんが家に来るって決まったら、急に緊張して来た。








そして日曜日のお昼、うちに来た桑原くんは、当たり前だけど私服姿だった。
普通のシャツとジーパン姿なのに、制服じゃないってだけで、妙に大人っぽく見える。
しかもそんな桑原くんがうちの玄関に立っているって言うのが、何だか信じられなくて挙動不審になってしまった。


「えーあーうぅ……と、とりあえず、上がって!」
「お、おう、お邪魔します」


靴を脱いで上がる桑原くん。
履き潰された靴は、お父さんのより全然大きく見えた。


「何か静かだな……家の人は?」
「あ、ごめん、実は出かけてるんだ。お母さんは夕方には戻るって言ってたけど」
「えっ……あ、そ、そうなのか」
「うん、ごめんねー、だから大したおもてなし出来ないんだ。あ、お昼はガッツリ作ったから安心して!」


私はギクシャクした動きで、何とかダイニングルームに案内した。
私につられるように、桑原くんも妙にギクシャクした感じでテーブルにつく。
でも、そこに並べられた料理を見て、「おー!」と声を上げてくれた。


「すげーな、
「何の変哲もない中華料理だけど、一応、昨日練習してお母さんのお墨付きだから。どんどん食べて!」
「じゃあ遠慮なく……」


そう言って、早速食べ始める桑原くん。
その食べっぷりは本当に見てて気持ちよかった。
運動部に入っている子って、皆こんな感じなのかなー。
思わず自分が食べるのを忘れて、ニコニコと笑ってしまう。


「お前は食わないのか?」
「いやー、味見してたら結構お腹いっぱいになっちゃって」
「はは、お前が腹いっぱいなんて、珍しいな」
「そんな、私が年がら年中お腹空いてるみたいに……」
「え?そうだろ?」


そ、そんなにいつも言ってるかなぁ?
私がジトリって上目遣いで見たら、あははと可笑しそうに笑われた。


「旨かったよ。ごちそう様」
「いえいえ、お粗末様でした。でもよかったー、中華で正解だったかな」
「うん?」
「丸井くんがさ、この前中華がいいんじゃ?みたいな話をしてて」
「あ、ああ……そうなのか」


箸を置いた桑原くんは、またこの前みたいな変な顔をした。
黙り込んでしまう桑原くん。
えーと、どうしたのかな。
ちょっと戸惑ったけど、私は食後のコーヒーを淹れようと席を立ちあがった。


「あ!えっと、コーヒー淹れてるね!」
「あ、ああ」
「桑原くんってコーヒー好きなんでしょ?リサーチ済みだよ!」
「……それも、ブン太から聞いたのか?」
「え?う、うん、そうだよ?」


えへへーと笑いながらダイニングルームを出ようとする。
――と、ガタンと椅子から立ち上がった桑原くんが近付いて来て、そして後ろからぎゅうっと抱き締められた。
え……え、えええぇぇっ!?
突然のことに、私は体を硬直させて目を白黒させてしまった。
ええぇぇっ!


「く、くくくく……桑原くんっ!?」


何とか名前を呼ぶけれど、桑原くんは黙って抱き締めたまま。
ええぇぇっ!
硬直したまま、今度は顔が熱くなって来る。
だって……うわっ、だって!
すぐ目の前には桑原くんの腕があって、背中には桑原くんの胸が当たって、髪の毛には桑原くんの息が掛かってるんだよ!?


「ごめん……


そう言いながらも、桑原くんは私を放してくれない。
と言うか、喋ると髪の毛とか耳とかに息が掛かってくすぐったい!


「俺、お前のことが好きなんだ」


ええぇぇっ!
い、いや、この状態で好きじゃないって言われても悲しいけど……ええっ!?


「え、ご、ごめん、私全然――」
「分かってる、お前が俺のことをお菓子をくれるいい人位にしか思ってないってことは」
「え、う……」


そこまでは……と思ったけど、じゃあ桑原くんを男の人として見ていたかって言われると、あんまり、自信がない。
だって、そんな風に見てたらこんな気軽に、誰もいない家に招待出来ないよ。
……って言うか、あれ?そうだ。今、誰もいないんだ!
男の子と二人きりって――わぁ!
私は今さらのように意識してしまって、これ以上はないってくらい顔が赤くなってしまった。
心臓がものすごくドキドキして――これって桑原くんに聞こえてない、よね?
誤魔化すように、目の前にあった彼の腕をぎゅっと掴む。
いい匂いがする。
石鹸の匂い?柔軟剤の匂い?それとも何かコロンとか付けてるのかな。
余計なことを考えたら、ますます心臓の音が激しくなって来た。


「お前がブン太を好きでも――」
「ええっ!?」


これまた予想だにしない桑原くんの台詞に、私は思わず体を仰け反らせてしまった。
ガツンと頭に小さな衝撃。
二人で「痛っ!」って声を上げるのがほぼ同時だった。


「いっつ……お前な――」


腕が緩められ、恐る恐る振り返ると、顎を手で押さえる桑原くんの顰め面。


「変なこと言う桑原くんが悪い!何でそこで丸井くんの名前が出て来るのよー!」
「だって、お前ら、この前何度も仲良さそうに話してたじゃねーか」
「えーっ?あ!もしかして、今日のことを相談してた時のことを言ってるの?」
「今日のこと?」
「そうだよ!もー!丸井くんはライバルって言うか、目の上のたんこぶって言うか、そんな感じなんだから!」
「……それの対象って、俺のやるお菓子なんだよな……」


はぁ、と長い長いため息を吐き出す桑原くん。
う、うーん……ごめん、桑原くん。そこは何て言うか、死活問題だから。


「それは分かってたから、いいんだ……」
「えーと……うーんと」
「なあ、。一つだけ頼みがあるんだが、いいか?」
「う、うん。なに?」
「お前、席替えしても、他の奴からお菓子貰うなよ?俺がちゃんとやるからさ」
「え?」
「だって、お前、お菓子くれる奴なら誰にでもこんなお礼しちまうんだろ?危なっかしいったらないぜ」
「え?」


誰にでも?
ん?うーん……そうかな。
ちょっと他の人で想像してみる。
お菓子を貰うところまでは思い浮かべることは出来た。
けど、家に招待するって言うのは、無理だった。
あれ?


「分かったか?」
「う、うん」


とりあえず深く考えるのはやめて、私は肩を掴んで覗き込んでくる桑原くんに向かって何度も頷いた。


「よし。じゃあ、コーヒー淹れるか」
「う、うん」
「ああ、その前に片付けちまうか?その方がゆっくり出来るだろ」
「そ、そうだね!」


私は反射的にそう返事してしまったけど――ゆ、ゆっくり出来るのかなぁ?








「で?どうだったんだよ!ジャッカルは何もねーとか言ってたけどさ!何かあったんだろぃ?」
「な……ないよっ!!」


次の日の月曜日、また桑原くんのいない時を狙って丸井くんがやって来た。
そして桑原くんの机の上にドカリと腰掛ける。


「あーやしぃなぁ?」
「怪しくないっての!」
「じゃあ何でそんな赤くなってんだよ?」


べ、別に何もない。
コーヒー飲んでも上の空だったとか、それ位で。
あ……あと、帰り際におでこにキスされたとか、そ、それ位で。


「うわ、やらしー」
「そんな、丸井くんじゃないんだから!」


キーッて叫ぶ私の隣りで、チューイングガムを器用に膨らませる丸井くん。
それをシャーペンで突こうと思ったら、サッとかわされた。


「まー、お前相手じゃ焦ってもしょーがねーって思ったのかな。お子様だしな」
「何かビミョウにムカつく。……って言うか、丸井くんは知ってたの!?」
「は?何を?」
「いや、だからその……」
「あー、ジャッカルがお前に惚れてるってことか?んなの、バレバレだろぃ?」
「えーっ!?」
「ま、お前も観念しろよ。しっかり餌付けされてるし」
「餌付けじゃないし!」
「あいつが好きな女を逃がすと思ったのか?ジャッカルは結構計算高いぜ?」
「それはないと思う」
「ちっ」
「……ブン太、何好き勝手言ってんだよ」


いつの間にやら戻って来た桑原くんが、呆れ顔で丸井くんを見下ろしていた。


「お、ジャッカル。何か食いもんねぇ?」
「さっきにやっちまったよ」
「またお前かよ!そんで餌付けされてねーとか言ってんじゃねーっつーの!」
「ほっといて!――って、何やってるのよ、丸井くん!人の鞄勝手に見ないでよっ」
「まだこの辺に残ってんじゃねーの?」
「私が食べ物残してるわけないでしょ!」
「――いや、、それは偉そうに言う台詞じゃねぇぞ?」


やれやれと言う顔で、ぽんと私の頭に手を置く桑原くん。
ちょっとだけ増えたスキンシップ。
私はすごく照れくさくって、それを誤魔化すために、鞄の中を覗く丸井くんの耳を思い切り引っ張った。


「いてー!この暴力女!」
「うるさい!デリカシーなし男!」
「いい加減にしろよ、お前ら……」


もうちょっと。
もうちょっとだけ待っててね、桑原くん。
今度、ちゃんとお返事するから。


焼肉食べ放題は、いつ誘おうかな。