cross - Clergy -
週末の寒波にもろにやられては風邪で喉を痛め、金曜の練習を休んだ。
けれど、どうしても日曜の礼拝には行きたくて、朝、寮を出たらそこに観月がいた。
「今日は休みなさい」
別に歌は歌えなくてもいい。
とにかく礼拝には行きたい。
いくらが訴えても、観月は「休め」の一点張り。
「今無理をして、来週のクリスマス礼拝に出られなくなったらどうするんですか」
「でも……」
「―――誰か来る予定でもあるんですか」
凡その予想はついているが、敢えて分からない振りをする観月。
別に来るかどうかは分からないけど……
もごもごと言い淀むの顔が赤いのは、風邪のせいではない。
分かりやす過ぎて、観月はため息をつくことも忘れる。
「跡部くんと約束でもしてるんですか」
「まさか!そんなの出来るわけないよ!」
思わず力んでしまったは、ゴホゴホと咳をする。
やれやれと肩を竦めながら、観月は彼女の額に手を当てた。
熱はないことを確認してほっとする。
「もしかしたら来るかもしれないって……思っただけ。私が期待してるだけだよ」
「―――この前も言いましたけど、彼は面倒ですよ」
この前の練習試合の翌日、は朝からどんよりと暗いオーラを発していた。
聞けば、前日のチャペルの大掃除が長引いて練習試合を見ることが出来なかったと嘆く。
そのときに既に嫌な予感はしたけれど、数日後、合唱部の打合せについて行くと言い出したとき、予感が的中したことを悟った。
「、彼はやめておきなさい」
「はじめくん、考えすぎだよ。ただちょっとテニスしてるところを見たいだけだって」
「そのためにわざわざ打合せについて行く気ですか?」
「一人じゃ寂しいって言うし。……部外者は見学禁止とかあるかな」
「―――僕も行きます」
「だめだよ、はじめくんは部活があるじゃない」
別に観月だってそれほど跡部を知っているわけではない。
けれど試合会場で見る彼は、他の人間とは一線を画している―――いや、異彩を放っていると言うべきか。
200人を超えると言うテニス部の頂点に立つ男。
部活だけではなく、学校全体でもどんな存在であるか想像に難くない。
そんな男を、普通の女であるが好きになってどうなると言うんだろう?
「―――私、まだあの人の怖い顔しか見てないんだよね」
そう言いながら苦笑い。
確かに、あの時の跡部はずっと不機嫌そうな顔をして黙ったままだった。
紹介すると言っておきながら二人に全く会話をさせなかったのは、実は観月の思惑通りではあったのだが。
「だから、テニスしてるところとか、誰かと話して笑ってるところとか見れないかなぁ……」
「随分と慎ましやかな願いですね」
「恋する乙女は慎ましやかなんです」
「……さっき、考えすぎだって言ったのは、どこの誰ですか」
恋する乙女とか言っておきながら、その相手の名前も憶えていない。
ヒョウテイテニスブブチョウって言うのが呪文か何かに聞こえちゃってなどと意味不明な言い訳をするに、観月は名前を教えてあげなかった。
学校での彼を見て、は諦める気になるだろうか。
今ならまだ傷は浅くて済む。
この前の、「らしくない」跡部の様子に微かな不安を覚えながらも、そんなことを願った。
しかし、観月の嫌な予感や不安は見事なくらい的中するらしい。
「部外者は見学禁止だって言われちゃったよ」
その翌日、から跡部が言ったというその台詞を聞いて―――観月は、彼がまた彼女の前に現れるだろうと予感した。
これも、観月にとっては「嫌な予感」だろうか。
ペンダントはなくされるし、散々だ。
跡部を女子寮の外で待たせ、観月は一人その中へ向かう。
を呼び出してもらうために受付に声を掛けようとしたとき、奥にあるソファにが座っているのが見えた。
「そんなところで何してるんですか。ちゃんと寝てなきゃ駄目でしょう」
「……そんなに酷くないもん」
「人のアドバイスは素直に聞くものです」
肩にかけていたショールをぎゅっと握って、不安げに瞳を揺らして、観月を見上げる。
そんな彼女に意地悪をしたい気持ち半分、喜ばせてあげたい気持ち半分。
でも後者の方が僅かに勝ち、観月は肩を竦めてため息をつき、彼女を手招きする。
恐る恐る近づいて来るの前に、ポケットからペンダントを取り出して見せる。
「―――あっ!」
「彼が届けてくれました」
「彼?」
「氷帝テニス部部長の彼ですよ」
「ま、またその呪文を……っ」
「この程度で忘れる名前なら忘れてしまいなさい」
言い放つ観月を恨めしげに見るが、そのペンダントに手を伸ばす。
けれど彼女が掴む前にひょいとかわした。
「これはもう返してもらいます」
「ええっ!?落としちゃったから?怒ってるの?」
「そうじゃありません。もうこれは必要ないからですよ」
「な、なんで!?」
「もっと強力な魔除けがいますからね」
「―――人のことを魔除け呼ばわりするなんて、いい度胸じゃねぇか」
気が付けば、玄関脇の壁に寄りかかって腕組みしている男の姿。
「跡部くん!」
「やっと名前憶えたか」
ふん、と笑う跡部に、観月は冷ややかな視線。
「魔除けと言うか、本人そのものが魔物のような気がしますけど」
「―――お前は本当に毒舌だな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「二人って仲いいんだね」
「この会話のどこを聞いてそう思うのか是非教えて欲しいものですね、」
にっこりと天使の笑みでの頬を抓る手は容赦がない。
「おい、そんなに引っ張ってこれ以上こいつの顔が崩れたらどうするんだよ」
「あ、あほべふんも十分どくへふれす」
「―――あほべって誰だ」
「ご、ごはいれふ!」
足をばたつかせ、必死に観月の手を引き剥がそうとするの姿は、本人は必死なのかもしれないが微笑ましいというか―――滑稽と言うか。
涙を浮かべる彼女にため息のような笑いを零し、ようやく観月は彼女を解放する。
「とんだ聖母だな」
「ええ、とんでもないマリアですよ」
それでいいのでしょう?
問い掛けるような視線を向けてくる観月に、跡部は肯定するように微笑う。
その笑みに、観月は諦めのような安堵のような微笑を返した。
「では、そろそろ邪魔者は消えます」
「え、はじめくん?どこ行くの?」
「僕は寮に戻ります。、恋する乙女なら恋する乙女らしく慎ましやかにするんですよ」
「ちょ……っ、変なこと言わないでよっ!!」
「ま、もう手遅れかもしれませんが」
くるりと方向転換し、壁に寄りかかったままの跡部を肩越しに見る。
「さっき学校で言ったことを忘れないで下さい」
「―――忘れねぇよ。こいつじゃあるまいし」
「そうですね」
いつもの小さい笑いを残し、観月がそこを後にする。
残された二人は少しの間黙ったまま見つめあう。
頬を擦りながら戸惑った目をするに、跡部の方はちょっと苦笑いしながら。
「日曜のこんな時間にこんな場所歩いてるのって変な感じ」
寮の裏手に続く石畳の道を歩いていると、がショールを肩にかけ直しながら「悪いことしてるみたい」と笑った。
隅の方に残っていた枯葉が二人の足元を通り過ぎる。
街中はクリスマス一色で賑やかだが、この辺りはそんな喧騒とは無縁らしい。
二人が石畳の上を歩く足音と、カサカサと言う葉の音と、時折遠くを通り過ぎる車の音が聞こえるだけ。
「えーと……ありがとう、ペンダント届けてくれて」
暫く沈黙の続いた後、の方がおずおずといった感じで口を開く。
「あと、ごめん。礼拝来てって自分で言っておきながら休んじゃって」
「―――本当は俺が謝らなきゃいけないんだけどな」
「跡部くんが?」
「ペンダントは俺が拾ってたんだ。あのとき、本当は手に持ってた」
跡部の台詞に、は足を止めて目を大きくする。
それが一体どういう意味なのか、全く分からないというように瞬きを3回。
彼も足を止めてを振り返った。
「あいつに貰ったって言う物を、お前に返したくなかったんだよ」
その言葉を聞いても、まだよく理解できないといった感じで彼をじっと見る。
「それって―――どういう、意味?」
「それ位分かれよ、恋する乙女なら」
「ちょ……っ、変なこと言わないでっ―――って、えっ!?」
本当に分かったのかどうなのか、ようやくは顔を赤くする。
「ちゃんと言わなきゃ分からねぇか?」
「いや、そう言うわけじゃ―――って、えぇ?」
さっきよりも目を大きくして、顔を真っ赤にして、ショールを頭から被る。
何でこんなやつを。
自分で自分に呆れながらも、そんな彼女をもっと見ていたいと思うのは、やはり趣味がおかしいのか?
跡部はそのショールに手を伸ばし、ハラリと外す。
動揺で涙目になっているの瞳を覗き込んで、何かを抑え込むような、低い囁くような声。
「―――お前に惚れたからだろ」
その言葉をが理解するより先に、跡部の唇が、の唇に重なった。
最初は触れるだけ。
その後、その温かさと柔らかさを確かめるように。
少しだけ顔を離すと、さっきよりも目が涙目になっていて、跡部は思わず笑ってしまった。
「な……何で……」
「それは俺も聞きてーけど」
「う……」
「何でだろうなぁ」
本当に何でだろう?
でも、の顔を見ると、別にきっかけとか理由なんてどうでもいい気がした。
もう一度キスをする。
今度は最後に少しだけ唇を舐めて。
「新しい魔除けは俺がやる」
「跡部くん……」
「下の名前で呼べよ」
「え……」
「―――てめぇ、まさか憶えてねぇとか言うんじゃねぇだろうな」
「そんなことないよ!け……けけけけ」
「気色悪い笑い方するんじゃねぇ」
「違うよっ!け……け、けいご……くん……」
最後は聞き取れないような小さな声で、火でも噴きそうなくらい顔を真っ赤にする。
そんな彼女をさらに苛めたくなって、体を屈めてその口元に耳を近づける。
「もっとちゃんと呼べよ」
「け、け、けけ」
「わざとやってんのか?」
「……意地悪だ」
「意地悪じゃねぇよ。こう言うのは慣れの問題だろ?」
「なら慣れるまでもうちょっと待って……」
「いやだね。俺は気が短いんだ」
身を縮こまらせる彼女の腰に手を回して、今度は跡部の方が彼女の耳元に唇を寄せて名前を呼ぶ。
「―――」
触れるくらいの位置で囁くように呼ぶと、はぴくりと反応する自分を誤魔化すように跡部のシャツを掴んだ。
「、俺の女になれよ」
が小さく頷いて、小さい小さい声で「景吾」と言って。
跡部は三度目のキスをした。
今度はその腰を引き寄せて、深く。