cross - Christmas -




「普通、いきなり指輪はないと思うんですけどねぇ」

チャペルの前。
観月は制服のネクタイを整えながら、不機嫌そうに眉を寄せる。
嫌味を言われた張本人は、木に寄りかかりながらしれっとした顔で腕組み。

「しかも左手の薬指にしか入らないサイズ」
「しょうがねぇだろ。店の奴がそのサイズしか測らなかったんだから」
「その場で訂正してください」
「う……緊張しちゃって言えなかったんだもん。だって、わざわざお店の人が景吾くんの家に来て測ってくれたんだよ!」
はいいんです」

わざとでしょう。
目で問いかける観月に、口の端を上げる跡部。

「学校では出来ませんからね」
「うん……鎖付けて首にかけるよ」
「うるせー学校だな」
「普通です」

ジロリと睨んでくる観月は無視し、跡部は続々とチャペルへと入って行く人々を眺めた。
跡部が彼女の寮に行ってから約一週間。
その間祝日などもあったはずだが、彼女の方が練習やらイベントやらで忙しく、殆ど会えなかった。
昨日のクリスマスイブも、夕方から礼拝があると言って、一緒に過ごしたのは門限までの二時間足らず。
それも拉致に近い形で家に連れ去り、指輪を選んで―――あっと言う間の二時間。
そして今日も半日以上が礼拝だ。
言わばの晴れ舞台、跡部だって彼女の歌の聴けるのは楽しみではあるけれど、観月との二重唱と言うのが、複雑な気分にさせる。

「そろそろ行きましょうか、
「うん、そうだね」

差し出された観月の手を取る前に、制服のジャケットの裾を引っ張って深呼吸する
目を閉じて何度もスーハーと息をする彼女が、ちょっと意外だ。

「お前でも緊張するのか?」
「するよー!いつもドキドキだよ!」
「そんな感じには見えねーけど」
「……よく言われる」

でも力入れてないと、膝とかガクガクするんだから。
そう言って跡部の腕を掴んだ彼女の手は、確かに微かに震えていた。

「いい加減慣れてもよさそうですけど」
「神経の図太いはじめくんとは違って繊細なんです」
「どっちかって言うと観月の方が繊細に見えるぜ」
「景吾くんはどっちの味方なのよ!」
「自分の味方だと思ったら大間違いです」

憎たらしいことばかり言う二人に、は自分が緊張していたことも忘れてしまう。
顔を赤くして振り上げた手は、観月にはヒラリとかわされ、跡部にはあっさりと掴まれた。

「僕は先に行ってますから。すぐに来るんですよ?」
「え、待ってよ、はじめくん」

スタスタとチャペルの裏口へと回り込むはじめを、は慌てて追いかけようとしたけれど、跡部が掴んだままだった彼女の腕をぐいと自分の方へ引き寄せた。
そして周りの人間から彼女を隠すように木の陰に回り込む。

「観月が気ぃ利かせてんだから、察しろよ」

ちょっと非難がましい口調で言い、自分の腕の中に閉じ込める。
その彼女の温かさに、つい、放したくなくなる。
しかしそう言うわけにもいかない。何とか理性を総動員させて、髪に口付けるだけで腕を解いた。

「―――ちゃんと、聴いててやるから」

は膝の震えは治まったけれど、心臓の音はさっきより早くて大きい。
鎮めようと自分の手を握ると、左手の指輪に触れた。

「―――私、歌、歌っててよかった」

右手で反対の手を包みこんで、少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに呟く。

「歌ってなかったら、氷帝テニス部の部長さんと知り合う機会なんてなかったかもしれないよね」
「まあ、そうかもな」
「景吾くんがテニス部だったことも感謝しなきゃいけないね」
「そんなこと言ったら、練習試合の申し込みをしてきたお前のとこのテニス部の部長にも感謝しなきゃいけなくなるぜ?」
「紹介してくれたはじめくんとか」
「予定変更の連絡をしてこなかった監督にも―――感謝しなきゃいけねぇのか?」
「あ、一緒に氷帝について来てって言った、合唱部の部長とか」
「うちの学校の中庭に落し物したお前とか」
「それを届けてくれた景吾くんとか」

何だか、感謝するものがいっぱいだ!
楽しそうに笑う
ほんの少し赤いその頬に手を伸ばして温かさに触れた後、跡部もちょっとだけ笑った。

「―――じゃあ、行ってきます」
「ああ」
「景吾くんのために歌うね」
「礼拝でそれはまずいだろ」
「あ、そっか」

あはは、と笑いながら手を振り、あっと言う間にチャペルへ消えていく。
その様子は慌てんぼうの天使のようだけど
―――天使ってガラじゃねぇだろう。
すぐに否定して苦笑い。

鐘の音が響く。

「―――クリスマスくらい、色々感謝してもいいかもな」

白い息を吐き出しながら呟くように言い、跡部も礼拝堂の中へと向かった。