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俺とアニキは好きな女が重ならない。

それは好きな女のタイプが全然違うってせいもある。
けど、そんなものはただの目安でしかなくて、実際には大して当てにならない。
俺自身、年上のフェロモン系がいいとかよく言ってるけど真逆のタイプみたいな年下の可愛い系と付き合ったことがあるし、アニキだって、年下で妹みたいな子がいいとか言っておきながら、そんな奴と付き合ったためしがない。

だけど、重ならない。
その理由は簡単で、お互いにセーブするからだ。
いや、セーブってのともちょっと違うかな。別に自分でそんな意識することもなく、アニキがその女を好きって知った瞬間から、その女が今までとは全く別の物体に見えてしまう。
遺伝子に組み込まれちまってるのか、それとも、幼い頃からの諸々の経験から学習しちまったのか。
とにかく、そうやって、のめり込む前に抑え込まれる。
やばい、と思ったものは手を出さない。
他のヤツのものには手を出さない。




そう言えば、あいつも別にモロ俺のタイプってわけじゃなかった。
ファミレスで初めて会った時の姿は、家にいたときの格好のまま出て来ましたって感じで、化粧もしてなくて。
だらしない格好って言うんじゃないんだけど、何て言うか、普通アニキと会う時の女ってのは大概気合いの入った格好してるもんだからそういうのを見慣れちまっていて、そんな普通の服装ですっぴんのままの女に、すげぇ度胸だな、とか感心した。

いつものように赤城へ走りに行った帰り、ちょっと腹が減ってコンビニに寄ろうかファミレスに入ろうか迷って、結局よく行くファミレスで何か食うことにした。
駐車場に入ると先に帰ったはずのアニキの車があって、俺は当然その隣りに止める。
アニキのものを見つけると嬉しくなっちまうってのは、もうクセだ。
だからブラコンとか言われちまうんだろうけど、でもあんなアニキがいてブラコンにならない方がおかしい。
最近はそんなふうに半ば開き直ってる。
案内のウェイトレスがレジ脇からメニューを取り出すより先に「連れがいるから。」と言ってさっさと席に向かう。
アニキ一人か、せいぜい一緒にいるって言っても史浩くらいだろう。
そんなふうに思いながら姿を探していた俺は、その後姿の向かいに女が座っているのを見て、一瞬、足が止まった。

俺の知らない女。
見た目は、さっき言ったとおりの女。
もしかして、俺、邪魔か?
そう思って近くの空いてるテーブルに座ろうと思ったとき、その女が俺に気付き、アニキに何か話しかけた。
なに?俺のこと知ってるのかよ?
そう思う間もなく、アニキがこっちを振り返る。

「何してるんだ、こっち来いよ。」
「あ、ああ。」

結局、俺はおずおずとその二人に近づいていく。

「アニキ、さっさと帰ったと思ったら女と逢引かよ?」

ポケットに手を突っ込み、なんだか、その女をまともに見ることが出来ないままアニキに向かって言う。
何馬鹿なこと言ってるんだ、と笑いながらアニキは俺を隣りに座らせた。
目の前の奴が俺の方を見てクスクス笑ってるのが分かる。
けど、俺の方はそいつをチラリと見ることしか出来なくて、コーヒーを注文しようとウェイトレスを探す。
後で考えれば―――もしかしたら、この時無意識にセーブがかかってたのかもしれない。
アニキの女だったら―――って。
そのままセーブがかかってればよかったんだ。

「プログラムの打ち合わせをしてたんだ。」
「プログラム?」
「ああ、今度作るチーム用に構築し直して貰ったんだが、まだ多少手直しが必要でね。」

アニキの言葉に、目の前の奴がコクリと頷く。
一瞬何のことか分からなかったけど、そいつの脇に置いてあったノートパソコンが目に入り、ようやくそれがアニキや史浩が使ってるシミュレーションソフトみたいなヤツじゃないかと気付いた。
え?でも何でこんな奴と打ち合わせなんだ?
あれって、アニキたちで作ってるんじゃないのか?

「それって・・・こいつが作ってるってこと?」
「そうだ。知らなかったか?」
「・・・じゃあ、もしかして、ってこいつ?」

名前は何度となく聞いていた。
アニキと史浩が打ち合わせしている時によく「それじゃあにやらせよう」って言うふうに名前が出て来ていたから。
データ加工とか、雑用っぽいことをやらせてる奴がいるんだろうとは思ってたけど、女だとは思わなかった。
だってアニキ、平気で夜中とか電話して無茶なこと頼んだりしてるはずだ。
明日の夜までにデータ用意しろとか何とか言って、「おいおい、いくら何でも無理だろ」って史浩に窘められても、「あいつなら大丈夫だ」と笑って言い放つ。まあ、実際、そのデータはきっちり次の日の昼過ぎには用意されてたらしいんだけど。
とにかく、そういうことが一度や二度じゃない。
だから何となく、そう言う無茶の通る、昔から知ってる男友達かなんかだろうと勝手に思い込んでいた。

でも、目の前にいるのは普通の女。
口を隠してるとは言えアニキの前で堂々と欠伸しちまうところはある意味すげぇけど、それ以外はその辺歩いてる普通の女子大生なんかと変わらない。

「じゃあ、私は帰る。」
「ああ、悪かったな、急に呼び出して。」
「うん。今度呼び出すときはせめてもっと早い時間にしてね。」

鞄を肩にかけながら、ストレートに言いたいことを言う。
アニキもそれに慣れてるのか、小さく苦笑いするだけ。
なんつーか、知らない女が―――いや、知ってる女でも見たことねぇけど―――愛想笑いも何もなくアニキにズケズケものを言う光景ってのは見慣れてなくて心臓に悪い。
煙草を取り出すのも忘れて、二人の会話を見守っちまう。

「―――別に、今さら遅くに出かけたって文句言われないんじゃないのか?」

ちょっと間を置いて、アニキが意味深に笑いながら見上げると、そいつは一瞬アニキを睨み、肩を竦めて見せた。

「たまに遅くに出かけると目立つんだよ。」
「じゃあいつも出かけたらどうだ?」
「女の子に夜遊びを勧めるのは、どうかと思うけど。」

立ち上がるそいつに、クスクスと笑うアニキ。
俺は何だかだんだんムカついてくる。
アニキが知らない女と楽しそうに話しているのが気に入らないのか―――それとも逆なのか。

「下まで送ろうか。」
「いいよ。」
「そうか。」
「諦めるの早いよ、涼介くん。」
「何だ、送って欲しいなら素直に言えよ。」
「べつに。あっさり引く涼介くんにムカついただけ。」

そう言って笑いながらアニキにひらひらと手を振り、今度は俺の方を見る。
くだけた笑みがちょっと余所行きのものに変わったのを知り、俺は更にムカついて、目を逸らした。

「それじゃあ、おやすみなさい、啓介くん。」
「・・・ああ。」

そいつは俺の機嫌の悪いことなんて気にせず、さっさと立ち去ってしまう。
なんか、ムカムカする。
何でかよく分かんねぇけど。

「啓介はに会うの初めてだったんだな。」
「・・・え?」

気が付いたら俺はじっと店の入口を睨んでて、アニキのその声で我に返った。
そして漸く煙草を思い出し、ポケットから取り出す。
煙を深く吸い込んで、何とかいつもの自分を取り戻す。
いつもと何が違ったのか―――って、よく分からねぇけど、でもさっきの俺は何か自分でも違和感があった。

「仲、よさそうじゃん。」
「そうか?最初からあんな調子だからよく分からないな。」
「ふぅん。」
「初めからあんなふうに言いたいこと言って来たからな。まあ、だから俺も言いたいこと言えるんだが。」

アニキは辛うじて「苦笑」って顔つきしてるけど、すげぇ楽しそうに見えた。
肩に力が入っていないって言うか。
それって、弟の俺と一緒にいるから―――ってだけじゃねぇよな。

何だろう、すげえイライラする。

―――ああ、そうだ。俺ハラへってたんだ。
だからこんなにイラつくんだ。
俺は煙草を灰皿で捻り消し、ウェイトレスを呼んだ。