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大学の講義が終わって、今日発売のゲームソフトを買ったと言う奴の家に男数人で押しかけた。
いつ来ても汚ねぇ部屋。
俺は敷きっぱなしの布団にどかりと腰を下ろし、近くにあった灰皿代わりの空き缶を引き寄せる。

「お前はちょっとやったのかよ?」
「あー、朝買ってちょっとな。」

朝って・・・だからお前午前中の必須休んだとか言わねえよな?
コントローラを渡してくる、この部屋の主を思わず冷ややかに見るけど、俺だって朝まで走って起きれなかったからって休んだりしてるんだから、人のこと言えねーわな。
煙草を咥え、コントローラを弄る。
本物そっくりのCGの車が現れ、現実じゃちょっとありえねぇようなコーナリングをして瞬く間に画面から消えて行く。
そして次にコース図が現れ、クルクルと回転する。
それを見て、昨日のあいつを思い出した。

アニキお抱えのプログラマ。
あの精巧な、ゲーム顔負けのソフトを作ってる奴。
俺はてっきり殆どをアニキが作って、史浩とか他のプログラマはちょっと手を加えてるだけなのかと思った。
けど、実はあいつが作ってたらしい。

「俺の時間も無限じゃないからな、他の奴に任せられるならそれが一番いい。」

とか言って、大概のものは他の奴に任せたくても全然思い通りに行かなくて自分とか史浩でやっちまうくせに。
でも、あいつがアニキの思い通りに行く、とは思えねぇけど。

プシュ、と缶の開く音がして、俺は今自分が友人の家に来てることを思い出す。
そんなでも無意識にコントローラを動かしてクリア出来ちまうんだから―――このゲームも大したことねぇなぁ。
現実の走りの方がそんな派手なこととか出来ねぇし、スピードだってタイヤのグリップとか安全マージン考えればこんな馬鹿みたいに出せねーんだけど、でも、やっぱ難しいし、面白いよな。
ま、比べてもしょうがねぇんだけど。

「なあ、高橋のアニキ、新しいチーム作るって本当かよ?」
「ああ、たぶんな。」
「峠のカリスマのチームかー、俺も入りてぇな。」

隣りにいた奴が、早々に飽きちまった俺からコントローラを奪い、冗談半分でそんなことを言う。
車をナンパの道具ぐらいにしか思ってないような奴が何言ってんだよ。
あのアニキがそんなに甘いわけねーっての。
今も色んな所の精鋭に声かけてるって聞いてる。正直俺だって入れるのかヒヤヒヤだ。
ぷかぷかと煙草をふかしながら、またあの女の顔が頭に浮かぶ。

あの女もチームに入るのか?
入るんだよな、今から色々打ち合わせしてるくらいだ。
しかしどこでアニキと知り合ったんだろう。
走り屋?でもあんまり夜は外出できないっぽかったけど。
大学関係―――か。

やっぱりアニキの、女?

いや、たぶん違う。
もしそうなら昨日ちゃんと俺に紹介しただろう。
ある種、牽制の意味を込めて。
それに何て言うか、あいつがアニキの彼女ってのは、ちょっと違う気がする。
見た目や雰囲気が今までのアニキの女のタイプと違うってのも、もちろんあるけど、そうじゃなくて―――うまく言えねえけど。

ゲームもつまんねぇし、会話も今いちぱっとしねぇ。
何だかやけにムシャクシャして来て、俺は早々に退散し、赤城へと向かった。




「あれ、アニキ、こんな時間まで家にいるなんて珍しいじゃん。」

結局明け方まで峠にいて、家に戻って爆睡して、目が覚めたらいつものように太陽は昇りきっていた。
手櫛じゃどうやっても元に戻りそうもない髪をグシャグシャとかきむしりながら、覚め切らない目を覚まそうと洗面所に向かう。
と、その途中、大学のテキストらしい本の束を脇に抱えたアニキがリビングから出てきた。

「朝いちの講義が休講だったんだ。お前は相変わらず遅いな。」
「んー、今日は午後からでいいんだよ。」
「まあ単位落として留年しない程度には行っておけよ。」
「分かってるって。」

しょうがない奴だなって顔して、アニキは玄関へと消えていった。
大学に入ってから―――いや、高校ん時も似たようなこと言われてたか?―――心配される内容は全然変わってない。
俺は結構要領もいい方だしそんな失敗はしないだろうって分かってるんだろうけど、でも、言わずにはいられないらしい。
それはオヤジやおふくろも同じだ。
しょうがねぇな、って、今度は俺が肩を竦めた。

キッチンに用意されていた朝食を平らげ、意味もなくテレビをつけてその辺にあった新聞を広げる。
つっても、まともに見るのはスポーツ欄くらいだ。
だからすぐに飽きる。テレビやビデオを見る気にもならない。
けど、まだ大学に行くには早い時間だ。

「―――腹減ったな。」

ついさっき朝飯食ったばかりだけど、もうじき昼だし、あんなんじゃ足りやしない。
ちょい早めに行って学食で何か食うか。
俺は新聞をマガジンラックに放り投げ、自分の部屋に戻った。

大人しく大学へ行くには勿体ないくらいに外は晴れていて、運転してると腕がジリジリと焼けそうなほどだ。
たりぃなぁ。
長い信号待ちをしていると眠くなる。
やたら欠伸が出て、やばいな、と何とか目を覚ますために、普段はロクに見ない街並みをじっと見る。
そこに並ぶ一軒一軒の店を眺める、と、一つの洋風っぽい建物が目に留まった。
まだ出来て間もないんだろうか、綺麗な外装。
道路に面した窓が開いていて、その前にはテーブルがいくつか並べられている。

昼飯とか、食えるかな。

やっぱり気が変わって、その店に入ることにする。
信号が変わって、あんまり広くないその店の駐車場に車を入れた。
駐車場が空いてる割には中に入ると人がたくさんいて、ちょっとだけ後悔。
店の雰囲気が雰囲気なだけに、女の客ばかり。
やっぱやめっかな、と思いながらグルリ店内を見回すと、レジに沢山並んでる割にはテーブルはガラガラだ。
よくよく見れば、殆どの奴がテイクアウトで買ってるっぽい。
ディスプレイされてる料理は結構旨そうだし、まあ、一度は入ってみるか、とやっぱりレジに並んだ。

暫くして自分の注文する番が次に迫って来たとき、誰かに肩を叩かれた。
こんなとこで誰だよ?と、ちょっと胡散臭げに後ろを振り返る。
―――と、あの女だった。

「こんにちは。」

相変わらず飄々とした顔つきで、そう言いながらヒラヒラと手を振る。
まさかこいつだなんて思わなかったから、一瞬、何も言葉が思い浮かばなかった。
店員の注文を促す声に、俺は慌ててメニューに視線を戻す。

「あ、私、てりやきチキンと水菜のサンドとアメリカン。」
「・・・ちゃっかり頼んでんじゃねぇよ。」
「ちゃんとお金は払うよ。」

別にいいよ、とそいつが財布を出すのを制しながら、自分はサーモンとクリームチーズのサンドとブレンドを注文する。
てりやきチキン、俺もちょっと食いたかったんだけど・・・何だか同じにしたくなかった。
そいつが「じゃ、ごちそうさまー。」とさっさと財布をしまう。

「・・・引くの早ぇよ。」
「好意には素直に甘えないとね。」

ああ言えばこう言う。
大体俺とお前って殆ど初対面じゃねぇか。ちょっとは遠慮しろよ。
そうツッコミたくなるけど、同時にそうやって普通に接してくるこいつに、何だか―――変な感じがする。
何つーか、どっかがむずむずするって言うか。

そいつがコーヒーのミルクやプラスチックのフォークを取り、俺はサンドイッチとコーヒーが二つずつのった黒いトレーを店員から受け取る。せっかく天気もいいからと、さっき車の中から目に付いた、道路際のテーブルで食べることにした。

「駐車場にハデハデな車があったから、まさかと思ったよ。」
「俺だって、あんたとこんな所で会うとは思わなかったよ。」

そいつはプチリとミルクの蓋を開け、コーヒーに落とす。
何気なく見たその指の先には、控えめな色のマニキュアが塗られた爪。
視線を上げれば、同じように目立たないような色のリップが塗られた唇。
目が合いそうになって、俺は慌てて手元のコーヒーカップに視線を戻した。
・・・別に、目ぐらい合っても全然焦ることじゃねぇんだけど。何となく。

「ちゃんと化粧もするんだな。」
「・・・って、この前たまたましてなかった顔を見ただけじゃない。そりゃ仕事するときは化粧するよ。」
「仕事?あんた、仕事してんの?」
「一応、ハナのOLだよ。」

とても「華」とは思えない、その抑揚のない言いっぷりに、俺は思わず笑っちまう。
「失礼ね。」って睨むけど、あんた、その色気のない食いっぷりはどうなんだよ?

「仕事って、なに。プログラマとか?」
「OLだってば。話聞いてる?事務だよ、営業事務って言うのかな。」
「事務?あんたが?やってけんの?」
「試用期間中に自信なくさせるようなことは言わないで下さい。」
「試用期間中?」
「入社して三ヶ月間はそうなんだって。」
「へえ、そうなんだ。やってけそう?」
「・・・何か私に恨みでもある?」
「それは被害妄想だろ。」

チキン食いながら睨むなっつの。
こいつ、オフィスでもこのまんまなのか?それとも一応猫被ってんのかな。
俺の前でも少しは猫被れっつーの。
まだ殆ど初対面だろ、自己紹介も何もしちゃいないのに、何で、こんな―――

「・・・俺、あんたのフルネーム知らないんだけど。」
「そうだっけ、この前言わなかった?」
「さっさと帰っちまっただろ。」
「ああ、そっか、あの時すごく眠かったんだよね。」

ああすげぇ眠そうだったよ。
あのアニキを前に大口開けて欠伸連発してたもんな。

。だよ。呼び方は『あんた』以外なら何でも。」
「・・・じゃあって呼ぶ。」
「なら私も啓介って呼ぶぞ。」

それって何かの脅しのつもりなのかよ?
呼べるモンなら呼んでみろよ。

でも結局そのときは呼ばれることはなくて、昼休みが終わるからと、またさっさと帰りやがって。
俺は何か―――その後大学に行くのが嫌になった。