uncertainty 3




「あ、今日はエビとアボガド食べてる。」
「お前はまたてりやきチキンかよ。」
「今これにハマってんの。」

そう言いながらはテーブルに黒いトレーを置き、俺の隣りに座る。
窓際のテーブル席。
俺たちの指定席―――って言うほど、ここに座ったことはねぇけど。
午後イチの講義から大学に行くときは、家をちょい早めに出てこの店に寄る。
これはほぼお決まりのパターンになっちまった―――って言うほど、やっぱり来たことはねぇけど。
週に二回か、三回。そのうち、こいつに会うのは一回あるかないか。
確率としていいのか悪いのか、よく分かんねー。

ここに来るのは、サンドイッチが旨いってのが、一番の理由だ。たぶん。
そのついでに、こいつと話が出来れば、まあいいかな、程度だ。
・・・たぶん。

「で、今まで食べたレパートリーの中ではどれが一番よかった?」
「アンチョビとトマトのヤツかな。」
「何だか、渋い好みだね。」
「そうか?」

肩を竦めてそいつを見ながら、サンドイッチにかぶりつく。
旨いんだけど、ちょっと食いにくい。
こいつが色気ねぇ食い方するのも、ちょっとだけ頷ける。
―――けど、もうちょっと口隠すとか何とかしろよ。

「お前、いつも一人で食ってっけど、会社に友達いねぇの?」
「その台詞、そっくりそのまま返すよ。」
「俺は別に毎日ここで食ってるわけじゃねぇよ。」
「私だってそうだよ。週に一回くらいは会社の人達とは別に食べたいだけ。」
「やっぱ孤立してんじゃん。」
「違うってば。」

ムキになるなよって笑ったら、そいつは黙々とサンドイッチを頬張り始めた。
んだよ、都合悪くなったらダンマリかよ?ガキだな。
頬を抓ろうと思ったら、思い切り手で払われた。でもサンドイッチには食いついたまま。

「ガキ〜。」
「うるさい。」

ホントにガキみたいで、あのアニキの真正面に座って対等に打ち合わせとか出来るって言うのが未だ信じられない。
いや、ガキだから逆に怖いもの知らずなのか。
最初はよく見ることの出来なかったそいつの顔も、今では大分まともに見ることが出来るようになった。
慣れてきたのか、それとも、とりあえず化粧してるからか。
―――なんて、本人に言ったら、またぶーたれそうだけど。

「なに?」

そいつが訝しげに俺を見る。
慣れたのはいいけど、今度は気が付くとやたらとそいつの顔を見てたりする。
無意識にやっちまうことで、何でかはよく分かんねぇ。
少なくとも見惚れるほどの美人じゃない。
―――と、これも本人に言ったら殴られそうだけど。

「5秒以上連続して見られると顔が強張るからやめて下さい。」
「別に見てねえよ。そう言うの自意識過剰っつうんだよ。」
「殴っていい?」

じろりと睨んでくるそいつの視線をかわし、俺はコーヒーカップを手に取った。
こいつは、逆に俺の事なんか殆ど見やしない。
別に・・・見て欲しいわけじゃないけど。
ここのテーブルでは隣り合わせに座ってるせいかも知れない。
結局呼び方だって「啓介くん」だ。
別に、いいんだけど。

「・・・たまにはサンドイッチ以外のもんが食いてぇ。もうここのヤツ全部制覇しちまったし。」
「啓介くんって飽きっぽいね。」
「お前はテリチキばっか食ってしつこい女だな。」

つい、こいつが毒舌吐くから俺も一緒になって言っちまう。
だから、別にこいつを黙り込ませたいわけじゃないんだ。

「近くに何か他の店ないの?新規開拓とかしてみたら?」
「気になる店がないことはないけど。ハヤシライスが美味しい洋食屋さんが近くにあるって会社の人が言ってた。でも値段がここの倍近くするんだよね。」
「たまにはいいんじゃん。」
「じゃあ啓介くんの奢りね。」
「・・・お前、学生の俺から搾取して楽しい?」
「試用期間中だから薄給なんだよ。正社員になったらご馳走するからさ。」
「ったく、コンビニのパンでも食ってろ。」
「他の日はいつもそんなもんだよ。この店に来るときだけだって。」

「週に一度の贅沢なんだよ。」

そいつはそう言って、ちょっと複雑な笑みを浮かべる。
それが、普段見るガキくさい顔と違って、俺はまた最初のときのようにマトモに見れなくなった。




の言っていた洋食屋は、いつも食ってる店から少し離れていて、裏道を入ったところにあった。
あの店より更に駐車場は狭い。
これ、下手な奴が隣り止めたらヤバくないか?ちょっと冷や冷やしながら、とりあえず奥の方に止めた。
12時10分を少し過ぎて車を降りると、ちょうどの姿が見えた。

「そのハデハデな車は待ち合わせに打ってつけだね。」
「ハデハデっつーな。」
「ジミジミよりいいじゃない。私は好きだけど。」

そいつは何てことないようにそう言い、さっさと店のドアを開ける。
カランカランと、随分とレトロな音が響く。
何てことない台詞だ。この車が好きだってだけの。
けど、こいつがそんなプラスなこと言うの初めてじゃねぇか?
だから、うっかり、訳の分かんない勘違いをしそうになる。

「初めて・・・っつーのもヒドイよな。」

改めてそう思って、口に出して、俺は苦笑した。
そうして訳の分かんないモノを誤魔化した。



ハヤシライスは、確かに、旨かった。
また来てもいいかなって思えるくらいに。
だけど、ハヤシライスが旨いって聞いて来たのにチキンライス食う女ってどうなんだよ?

「だって、隣りの人が食べてるの見てすごーく惹かれたんだから、しょうがないじゃない。」
「・・・まあいいけどさ。」
「また来ればいいし。」
「今度は奢ってやらねーからな。」

ちっ・・・って言いながら顔背けるなよ。
俺は呆れながら煙草の箱とライターをポケットから取り出してテーブルに置く。一本取り出そうとしたとき、ウェイトレスがデザートとコーヒーを運んできた。そうか、デザート付きって書いてあったっけ。

「まあ、デザート付きだし、そんな高くねぇよな。」
「そうだね・・・しょっちゅうは来れないけど。あれ、啓介くんは甘いもの平気なんだ。」
「あ?別に食えねーことはねぇよ。大好きって訳じゃねーけど。」
「ふーん、やっぱり兄弟でも違うもんだね。」
「・・・え?」
「だって、涼介くんは甘いものあんまり食べられないでしょ。殆ど残してたよ。」

また何てことないようにそう言いながら、目の前のケーキを食う。
それって、アニキともデザート出るような店に行ったってことだよな。
確かに、何てことない話だ。
深夜のファミレスで打ち合わせするくらいなんだから、どっか飯ぐらい一緒に行くだろう。
別に、それ自体、どうってことねぇよ。

―――けど、何だろう、すげぇ・・・ムカつく。

そいつは何も気にせずに、ケーキを食う。
旨そうに食う。
それが余計にムカつく。

ケーキに乗せたホイップクリームが口の端に付く。
ばーか、乗せすぎなんだよ。
そいつはすぐに気が付いて紙ナプキンで拭おうとした。
けど、俺の手が伸びる方が早かった。
伸びた手は、無意識だ。
そのクリームを指で拭ったのも、半分、そう。



けど、それを自分の舌で舐めたのは、わざとだ。



甘いのか苦いのか分からなくて、一瞬で溶ける。
こう言うときすかさず吐きそうな毒舌を忘れて、俺の顔を見る
マトモに俺の顔見たのって、初めてじゃねぇ?
俺は何てことないように笑った。