欠片 1




「今までよくバレなかったよな。」

俺が中一の頃から豆腐の配達をしていたと言うと、決まってそう言われる。
呆れたような、驚いたような、感心したような顔で。

「別に・・・ばれませんでしたよ。配達って言っても、誰もいないところに降ろして来るだけだし。」
「へぇ、そんなもんかね。」

何度も同じ事を聞かれ、何度も同じことを返す。
でも、実はそこに嘘が一つ紛れ込んでた。
俺は一度だけ、知られたことがある。
高一の夏に。

中学入学と同時に始まった豆腐の配達。
まだ何も分からないガキで―――とは言っても、それが犯罪だってことぐらいは分かってたけど。
よく怖くなかったな、って皆は口をそろえて言うけど、実は、正直そんなに怖いとは感じなかった。
もちろんスピードは全然違ったけど、俺としてはチャリンコを乗り回すのと、大して違いはなかった。
とにかく、さっさと行って、さっさと帰る。
それしか頭になくて、そのために色んなことを試したりした。

高校に入って、サッカー部に入って。
少しは期待したんだけど、そんなことを理由に朝の配達がなくなるほど、甘くはなかった。
配達行って、ちょっと寝て、部活の朝練に出て。
夕方はやっぱり部活があって、家に帰ると、疲れてすぐ寝てしまう。
健康的って言えば聞こえがいいような―――そんな生活が続いていた。

夏休みに入っても、朝3時半起きは変わらない。
親父から水入りの紙コップを受け取り、もう慣れきった峠道を上っていく。
今日は部活行くまでにどれくらい眠れるかな。
そんなことをぼーっと考えながら、車から豆腐の入ったトレーを取り出した。

「―――おはようございます。」

ホテルの通用口。
この時間、誰もいないのは分かっていたけど、一応いつも挨拶して入った。
入り口すぐの棚の上にトレーを置く。
静かに置いたつもりでも、その音がガタンと、すごく響く。
配達をし始めたときは、その音に誰か気付いてくるんじゃないか、なんてビクビクしていたもんだけど、もう慣れてしまった。
さっさと帰ろう。
そう思って出口の方へ向き直ったとき、奥から声が聞こえてきた。

「お疲れさまです。」

まだ朝早いって言うのに、すごく明るい声で。
やばい、ばれる!
一瞬そう思ったのに、その声を聞いたら、どんな人なのかすごく気になってしまって。

「あ・・・お疲れさまです・・・。」

ぺこり、頭を下げて、思わず後ろを振り返ってしまった。

そこに立っていたのは、まだ若い女の人で、その声と同じように笑顔もすごく明るい感じの人だった。
俺を見てちょっとびっくりしたような目をしたけど、でもニッコリ笑いかけてくれる。
それに比べて俺はたぶん、すごく寝ぼけた顔をしてて。
何となく恥ずかしくなって、目を逸らしてしまった。

「もしかして毎朝お豆腐を運んできてくれてるの?」
「はあ、まぁ・・・。」
「そうなんだ。ごくろうさま。」

そう言って、また目を細めて笑う。
俺は、何となくそんな彼女のことをもうちょっと見ていたいような気がしたんだけど、でも、どうしていいのか分からなくて。
結局、それじゃあ失礼します。なんてボソボソと言って、逃げるように帰ってきてしまった。

車に乗って、いつものように帰りの道をかっ飛ばす。
アクセルを踏みながら、何か、後悔のような、チリチリとした痛みが、胸の中で疼いた。