欠片 3




その次の日も、彼女はいた。

「俺一人で運べますよ。」
「分かってるって。」

本当に分かっているのかよく分からないまま、彼女は結局俺からトレーを取り上げる。
その次の日も、そのまた次の日も彼女は朝もやの中に立っていて、俺が車から降りると笑って挨拶してくれて。
一人で運べる、なんて当たり前のことを何度も繰り返すのも馬鹿馬鹿しくなって、俺の方から彼女にトレーを渡すようになった。

豆腐を運び終えて、缶ジュースを飲みながら一緒にいる時間も、少しずつ少しずつ長くなっていく。
お互い口数が多いって方ではなかったけれど、それでもだんだんと自分たちのことを話すようになっていった。

彼女は―――さんは、東京に住んでいる短大生で、この夏休みだけ住み込みでバイトをしているらしい。
朝食の支度を手伝ったりするのに五時に起きなきゃいけなくて、寝坊できないって緊張してたら早く起きすぎたらしい。
ちょっと間抜けだなぁと思いながらも、そのおかげで拓海くんに会えたんだと言われると―――何も言い返せない。

俺のことも、少し話した。
って言っても、大したことは話せない。
家が豆腐屋で、配達を親父に無理やり手伝わされているんだとか、それくらい。
いくつって聞かれたら18だって答えようと心の中で準備はしていた。
俺はもともと、どちらかと言えば童顔だし、まだ高校に上がったばかりでかなり無理はあるよな、と自分でも分かっていたけど。
―――でも、彼女は一度も俺に歳を聞いてこなかった。
やっぱり、聞いちゃまずいって思ったのか。
歳なんてどうでもいいと、思ったのか。

「じゃあ、また明日ね、拓海くん。」

彼女はいつもそう言って笑って手を振る。
朝もやの中、バックミラーから消えてしまうまで。
隣りで見る笑顔ははっきりとしていて、缶ジュースも確かに冷たい。
だけど、そうやってだんだんと薄く消えていくさんの姿が、何か、現実か幻かはっきりとしなくて、曖昧で。

明日―――明日って、本当に来るんだろうか。
そんな馬鹿なことを考えては、何となく苛々と気持ちがざわついた。

「おいおい、何か気味が悪ぃな。」
「なんだよ、嫌々やって欲しいのかよ。」

目覚ましが鳴ってはすぐ起きる。
眠いのは変わらなかったけど、それでもどうしても逸る気持ちは抑えられなかった。
夏休みが後半に差し掛かってもそれは変わらなくて、親父がさらに不審そうな顔をする。
普段どおり―――って思っても、もう「普段」がどうだったかなんてよく覚えていない。
俺はただそんな親父の目を避けるようにと急いで車に乗り込む。

「・・・まあ、気を付けて行って来い。」
「分かってるよ。」

慣れきった峠道なんて、もう何も考えなくても勝手に手と足が動いて上っていける。
紙コップの水に目をやりながら頭の中で考えているのは、霧の中に立っている彼女のことだった。