untruth 3
「―――幸村部長と何話してたんすか」
やはり気にしていたのはそれか。
部活が終わってのもとに走ってやって来たと思ったら、口を開くなりこんな台詞。
「切原くんってかわいいよねって話」
「だから。バレバレの嘘つくのはやめて下さいよ」
隣りを歩きながら切原はをじろりと睨む。
あながち嘘でもない気がするんだけど。
そんなことを心の中で呟きながら、彼の視線を避けるように空を見上げた。
「幸村部長じゃなくて柳先輩と喋んなくちゃ意味ないじゃないっすか」
「……別に話すことないし」
「そんなの、適当でいいんスよ。調子どう?とか」
「いきなり仲良くもないのに調子どうよとか聞くの?」
「めんどくさい人っすねー」
やれやれと肩を竦める切原を見て、も一緒に肩を竦める。
前からそんな感じだったけど、この男はどうも自分を先輩扱いしていないように見える。
一応敬語だけど、発する台詞は結構酷い。
「話したくなったら話すから、ほっといて」
「んなこと言ってると、卒業しちゃいますよ」
「その時はその時で」
「俺と付き合ってる意味ないじゃん」
「……いや、だから、付き合ってないし」
「まだそんなこと言ってるんすか?往生際悪いなー」
切原を睨みながらも、彼の言うことも、もっともかもしれないなんて思う。
本当にその気がないならこんなふうに一緒に帰らなければいいのに。
首を傾げ自己分析を試みる。
なんだかんだ言って柳と話す機会が増えるかもしれないという誘惑に揺れ動いているのか。
この口の悪い後輩と一緒に話したりするのは―――嫌いじゃないからか。
「何黙ってんですか?」
「考え事」
「彼氏といる時に考え事なんかしないで下さいよ」
「まだ言うか」
間髪入れないの突っ込みに、切原は悪戯ぽくシシと笑う。
「さん、すんげぇ遠くから見てましたけど、ちゃんと俺見てました?カッコよかったっしょ?」
「あ、柳くんばっかり見てて切原くんのこと見てなかった」
「マジっすか!」
彼に言われて、今さらは気が付いた。
そう言えば、結局殆ど柳のことを見ていない。
それから、お昼は毎日一緒に食べて、帰りはお互いに用事がない限り一緒に帰って、と言う曖昧な関係の日々が続いた。
未だに切原に対しては「付き合っている」と言うことを否定し続けていたが、周囲の人間にはそれも面倒になって、「彼氏がお迎えに来てるぜー」と大声で言うクラスメイトにもいちいち反応せず黙って頷くようになった。
たまに見知らぬ女子に腹の立つことを言われることがあるが、とりあえず無視している。
「今度の日曜は練習午前中で終わりなんすよ」
昼休み、ほぼ二人の定位置となった学食の窓際の席。
ご飯を食べ終わってがおやつを取り出していると、切原が伸びをしながら言った。
別に他意もなさそうなその口調に、も他意なく咄嗟に返事する。
「ふーん、じゃあ午後から映画でも行く?」
「えっ!?」
切原のそのビックリした反応に、そう言えば今まで休日に二人で出掛けるということがなかったことを思い出した。
仮面カップルなので、学校の人間がいないところで二人になる必要性がなかったのだ。
が「やっぱり冗談」と言いかけた時、切原が遮るように口を開く。
「レンアイものとか勘弁してくださいよ?」
「……うっそ、ベタベタのレンアイものにしようと思ったのに」
「俺寝てていいっすか」
「それじゃあ意味ないじゃん!」
「寝てる」と言っても「行かない」とは言わない切原。
その彼の台詞を意外に思うと同時に、妙に気分が弾んでくる自分がいて、は「あはは」と誤魔化すように笑った。
次の日、が切原の部活が終わって着替え終わるのをコートの脇でぼーっと待っていると、部室の方から既に制服に着替え終えた柳が歩いて来るのが見えた。
はその姿を目にして咄嗟に隠れようと立ち上がってしまう。
しかし、こんな見晴らしのいいコートに隠れられる場所などあるはずもなく、また、柳の方からものことは見えているはずなのに慌てて立ち去るのも不自然だろう。
結局、またその場に座る。
「―――赤也ならもうじき来る。済まないな、待たせてしまって」
「別に柳くんが謝ることじゃないと思うよ」
口の中に何か苦いものが広がる。
以前学食で感じたような鉛のような重い感覚はなかったけれど、引き攣ったような笑みしか作れないことは変わらない。
こんな生活が続いてだいぶ経つけれど、結局は柳と殆ど話したことがなかった。
「柳くんは、どうしたの?」
「ベンチに忘れものをした」
そう言ってベンチの方へ行き、その下に置いてあったノートを拾う。
彼の得意なのはデータテニスであることはも知っている。
そんな彼にとってそのノートはとても大切なものだろう。
それを忘れるなんて珍しいな、とボンヤリと思う。
ノートを持っていた鞄にしまい、の方へ戻ってきた柳は、彼女の隣りに腰をおろした。
まさか隣りに座るとは思ってもみなかったので、ちょっとビックリして彼の横顔を見るが、その表情はいつもと変わらず、目の前のコートに視線を向けている。
「―――は、いつも離れた所で見ているな」
「え?う、うん……」
「で、練習が終わるとコートの傍に来る」
それは何となく習慣化していたの行動だった。
練習中は応援の声も届かないような遠くから眺め、練習が終わって下級生の片づけが終わると、切原が着替え終わるまでコートの脇に座って待つ。
「おかしい?」と恐る恐ると言った感じで聞いてみると、柳が小さく笑う。
「おかしくはないが―――面白い奴だな」
柳が部室のある方を振り返る。
同じようにも振り返ると、少し離れた所に切原が立っていた。
一瞬泣いているように見えてドキリとしたが、よく見るとその顔には何の表情も表れていない。
手をついて立ち上がりかけたより僅かに早く柳の方が立ち上がる。
「―――来たようだな」
「あ、うん……」
じゃあね、柳くん。
がそう言うと軽く手を上げて柳はその場を立ち去った。
けれど切原が彼女の方に近づいて来る様子がない。
訝しく思いながら、の方から立ちつくしたままの切原の方へ向かう。
「どうしたの、切原くん」
彼のすぐ前に立ってそう聞くと、ようやく気が付いたように、いつも見せるような冗談めかした笑い。
「いや、ほら、邪魔しちゃ悪いなぁと思って。よかったじゃないっすか!話出来たんすか?」
「そんなに話してないよ。柳くんは忘れ物取りに来ただけだし」
「忘れ物?」
「ノート。ベンチの下に忘れてたみたいだね」
「……へーぇ」
また表情を失い掛ける切原。
普段と練習内容は変わらないように見えたけど―――いつも練習はキツそうだが―――今日は特に疲れているんだろうか?
何となくその腕に手を伸ばそうとする。
けれど、切原とは週末に一緒に出かけるどころか、手をつなぐことも腕を組むこともなかったことに気づいて、引っ込めた。
私は何をしているんだろう?
「腹減ったー。さん、ラーメン奢って下さい」
「やだ」
ふと、そんなことを思いかけたけれど、切原とのいつもどおりの会話にほっとしてしまって、そんな疑問は頭から吹き飛んでしまった。