absurd 3




お弁当は、なるべく色々考えないようにして作った。
何で作ってるんだろうとか、何にしようとか、余計なことは考えずにいつもと同じように。

「あら、友達の分?」

そう聞いて来る母親には曖昧に返事をしたけど、特に追及はして来なかった。
何だかちょっとだけ「ふふふ」と変な笑いをしていたけど気付かないふり。
校門をくぐる私の鞄の中には、お弁当が二つ。
前の彼氏にも何度か作って来たことはあるから、別にそんなに特別なことじゃない。
ふと気が付くと心の中でそんな風に自分に言い訳していて、何か、情けない。

自分の教室に向かう途中、チラと芥川くんのクラスを見る。
けど、彼の姿はまだ見えなかった。
そう言えば、あんなにいつも眠そうにしていて、ちゃんと部活の朝練には来ているんだろうか。
朝練でバリバリとテニスをしている彼を想像しようとして――挫折した。
……くだらない。
私は首を小さく横に振り、自分の教室に入った。




昼休みに「ちょっと外で食べて来る」と言う私に、ミキたちは面白がって色々と詮索して来た。
さすがに母親のようにはいかない。
けど何とか適当に切りぬけて教室を出る。
持っていた鞄にお弁当箱が二つ入っていることには、気付かれただろうか。
ミキには正直に話してもいいような気がするんだけど、まだうまく説明が出来ないような気がする。
何となく後ろめたさのためか、ちょっと早足で中庭に向かう。
そして奥の茂みに行くと、そこには芥川くんはいなかった。
何だろう。
いるって信じ切ってたから、すごい拍子抜け。脱力感。
私は芝生の上にペタリと座り込む。

うわー、恥ずかしい、何してるんだろ、私。

急に自分が恥ずかしくなって顔が赤くなる。
私は、ここでまた芥川くんが寝そべってるって思い込んでて、もしかしたらいないかも、なんてそんな可能性少しも考えてなくて。
――何か、ちょっと、ドキドキしていたのだ。
非常識だとか、好きになる可能性はないとか、自分では彼に色々言っておきながら、期待してたんだろうか。
芥川くんは、本気なんだって。

うわー、恥ずかしい、何いい気になってるんだろ、私。

恥ずかしさのあまり、涙が出そうになる。
けれどここで泣くのはすごく悔しい気がして、ぐっと歯を食いしばった。
脇に放るようにして置いたお弁当が目に入る。
とりあえず食べようかな。
教室に戻るのも面倒だし、戻ったらきっとまた色々と詮索される。
私はお弁当の包みを開いてノロノロと食べ始めた。

こうやって黙々と食べる感じは、今までとあんまり変わらない。
あいつと付き合って一ヵ月くらいは、帰りにどこ行こうとか、休みにどこで遊ぶとか、後はお互いの友達のこととかを色々喋ってた気がする。
どっちの家に遊びに行くとか、親がいないとか、そんなことでドキドキしたりもした。
でもそう言うドキドキとかワクワクって、全然長続きしなかった。私が飽きっぽいのかなぁ。
どっちの家に行くかなんて、曜日とかでローテーションされちゃって。
お互いのことを話すのも面倒になって来て。
一緒にお昼を食べてても、沈黙の時間が大半を占める有様。
そんなこんなで、二か月で「あんたたち、もう倦怠期?」って友達に言われるようになってしまった。

「……あーあ、何か、嫌なこと思い出したなぁ」

顰め面で、煮豆を摘む。
と、その時、ガサガサと慌ただしい足音が聞こえて来た。

「あー!もう一人で食べてる!」

目の前に現れた人影に、思わず煮豆をポロリと落としてしまった。
そしてその賑やかな非難の声に、目を大きく見開いてしまう。

「あ、芥川くん……」
「酷いよー!そりゃ、先生につかまって遅れて来た俺も悪いけどさー。もうちょっと待っててくれてもいいのに!」
「え、ご、ごめん」

その勢いに圧倒されて、私は素直に謝ってしまった。
もー!と頬を膨らませて、隣りにドカリと腰を下ろす芥川くん。
ちゃんと目を覚ましている彼に調子が狂って、つい、彼の顔をまじまじと見る。
「なに?」と聞かれて慌てて「何でもない」と目を逸らす。
そっか、遅れて来るって言う可能性も、全然頭になかった。
何かもう、ホントに色々と恥ずかしい。
緩みそうになる口元をギュッと引き締める。

「……先生につかまったって……何したの?」
「授業中に寝てた」
「芥川くんの場合、それって日常的にありそうなイメージだけど……」
「さっきはちょっと失敗だった。テニスの試合の夢見てたみたいで、ボール拾おうと思ったら、椅子から思いっきり落ちた」
「……豪快だね」
「うん、まあねー」
「褒めてないよ」
「そんなことより、お弁当、お弁当!」

そう言って芝生に手をつき、芥川くんが私の鞄を覗き込む。
その時に彼の肩が触れそうになって、反射的に仰け反った。
彼の方はそんな私の様子など全く気にならないようで「早く早く!」と急きたてる。
その勢いに抵抗するのも馬鹿馬鹿しくなって、私は鞄からお弁当を取り出して芥川くんに差し出した。

「ハンバーグだ!これっての手作りなの?」
「母親との共同作業だから、私の手作りってわけじゃないよ」

私の話が終わるのを待たず、芥川くんはその小さなハンバーグを口に放り込むと「おいし〜」と満面の笑み。
ああなるほど、彼のもてる理由がちょっと分かる。
お菓子とかお弁当を上げて、こんな風に笑顔を見せられたら、また上げたくなるだろう。
……お弁当は本来NGらしいけど。
思わずつられて笑いそうになるのを、私は咳払いで誤魔化した。

「今日は寝ぼけてないんだ」
「うーん、今走って来たからねー」
「そうなの?その割には息切れてないけど」
「そんな、教室からここまでの距離で息なんか切れないよー」

あははと笑う芥川くん。
運動部に入っているとそう言うものなのかな。
私は「へえ」と感心の声を上げた。

「あ、でも、目が覚める位の運動にはなるんだ」
「うん、そうだね」

こんな会話をしている間にも、芥川くんは箸の手を休めない。
気が付いたら、先に食べ始めていた私を追い越して、全部食べ終わってしまっていた。

「ごちそうさま!」
「……お粗末さまでした」

なるべくその笑顔を見ないように、空になったお弁当箱を鞄にしまっていると、芥川くんは私のペットボトルのお茶をゴクゴクと飲み出した。

「ちょっ、ちょっと!それ私の!!」
「いいじゃん、だって、持って来るの忘れたんだもん」
「忘れたんだもん、とか可愛い子ぶらないでよ!私まだ二口位しか飲んでなかったのに……もう殆どないんですけど」
「面白いね〜、って」
「面白いね〜じゃなくて!お茶返せっ」
「分かったよー、明日の分もお茶買って来るから」

けーち。
寝ころぶ前にボソリとそう呟くのを聞き逃さなかった。
ジロリと睨みつけるけど、全く堪えた様子なく「も早く食べちゃってよ」なんて言ってゴロゴロと寝返りを打つ。

「……牛になるよ」
「ぷ。、お祖母ちゃんみたい」
「……」

可愛い?
これって可愛いの?ミキ!
教室にいるはずの友達に、心の中で目いっぱい訴える。
何なの、このジコチューな感じ。
皆に甘やかされてるから?
しかも、なるべく意識しないようにと気を付けながら残りのお茶を飲んでいた私に、「あ、間接ちゅー」とか真顔で指差して言うし。
力の限り睨んでも、欠伸をする芥川くんには全く効果がない。

「食べ終わったんなら、早く片付けて」
「……」

何だか嫌な予感がした私は、自分の分のお弁当箱をしまった鞄を膝に乗せた。
それを見た芥川くんの抗議の視線を、冷たくかわす。

「約束は守ってよ?」
「約束?」
「お弁当作って来たら、理由を教えてくれるって言ったでしょ」
「膝枕してくれたら教えてあげる」
「……その手を食うほど馬鹿じゃないつもりだけど」
「ちぇー」

不貞腐れて芥川くんはゴロンと私に背を向ける。
そして暫く続く沈黙。
まさかと思ってその顔を覗き込んだら、しっかり寝ていた。
私はムカついて、半ば反射的にその頬を抓る。

「いたたたっ」
「男なら約束守りなさいよね!」
「いたっ!って容赦ないっ」

自分の頬から手を放させようと、芥川くんが私の腕を掴む。
思ったより大きくて硬い彼の手にビックリして、私はすぐに頬を解放したのに彼の方はその手を放してくれなくて。
私は中途半端な体勢でグラリとバランスを崩し掛けて、もう一方の手で彼の肩を掴んでしまった。
「へっへー」と楽しそうに笑う彼は、そんな私を見て掴んでいた腕をぐいと自分の方に引き寄せる。
ちょ、ちょっと!じゃれあってるカップルじゃないんだから!
前のめりになって危うく芥川くんに覆いかぶさってしまうところだったけれど、かろうじて片腕の力で食いとめた。

「やっぱりっていい匂い〜」
「だから、それってオヤジくさい!って言うか誤魔化さないで」
「別に誤魔化してないよー。付き合おうって言った理由だよね」
「……そう」
と付き合いたいって思ったから」
「……理由になってない」
「え?何で?」
「そう思った理由が聞きたいんだけど」

何だか納得いかないって顔。
でも、ふわぁ……と欠伸が出ていつもの表情に戻った。

「じゃあは、前の彼氏とは何で付き合おうって思ったの?」
「話をすり替えないでよ」
「ねーねー、何で?」
「……言いたくない」
「じゃあ俺も言わなーい」

芥川くんは私の腕を解放して、また背を向ける。
何よ、それ。
私はそんな彼の態度に腹を立てながら、ふと、あいつと付き合い始めた時のことを思い出していた。
告白とかされる前からお互いがお互いを意識しているのが何となく分かって、ふざけ合う時に髪をぐしゃぐしゃにされたり肩に手を回されたりしただけで妙にドキドキしちゃってて。
「付き合わない?」って言われた時「いいよ」以外の言葉なんて思い浮かばなかった。
何で?って言われると――何でなんだろう、よく分からない。
好きだったからって言うことでいいのかな。
うん、好きだったよね。
少なくとも、他の人にはあんな気持ちにならなかったし。

「……好きだったから、だよ」

今さらのような回答。
呟くようなその私の声に、芥川くんはチラリとこちらを見て、そして仰向けになった。

「俺も、のこと好きだよー?」
「……いい加減なこと言わないで」
「うわ、それ、結構傷つくなぁ」

台詞とは裏腹な、芥川くんの小さな笑い。
つい非難の視線になってしまうのは不可抗力だ。

「たぶんねー、はどんな答えにも納得しないと思う」
「なに、それ」
「そんな気がする。俺も一つ一つちゃんと説明出来ないと思うし」

仰向けに寝そべったまま、芥川くんは私をじっと見る。
いつもと同じく眠たそうな目にも見えたけれど――何となく、今まで見たことのないような目にも思える。

「俺、今こうやってといるのって、結構好きだよ」

思わず目を逸らそうとした時、そんな彼の台詞。
あ、それは、分かる。
色々考えるよりも前に、私もそんな風に感じてしまった。
そんな私の心の中が読めたかのように、芥川くんは小さく笑う。

「ねーねー、

そして笑ったまま、また私をじっと見る。

「俺と付き合わない?」

一昨日と同じ台詞。
でも私はそれに向かって同じ台詞を返すことが出来なかった。

「――よく分かんない」

苦笑する芥川くん。
これは彼の言う「進歩」なんだろうか。
それもよく、分からなかった。