absurd 6




次の週、学校に行くと、この前まで付き合っていた彼氏の隣りに、可愛い女の子がいた。
それを見たクラスの女の子たちが私の所にやって来る。

「ちょっと何よ、あれ。あいつってさんと付き合ってたんじゃないの?」
「ああ……実は先週別れたんだ」

先週。
その言葉を口にしてからちょっとびっくりする。
そうか、まだあれは先週の出来事なんだ。
何だかすごくすごく遠い昔のような気がしたけど。

「先週?なのにもう別の子と付き合ってんの?乗り換え早くない?」

そう言った子は何だか随分と腹を立ててる感じだったけど、私は別に二人を見ても何とも感じなかった。
ぼんやりと眺めていると、ミキが「まあいいんじゃないの?」と言いながら近づいて来る。
正直私も内心そう思ったから何とも思わなかったんだけど、そのクラスの女の子は納得いかなかったらしくミキを睨んだ。

「それって酷くない?」
「そう?もうキッパリ別れたんだし、別れた後すぐに付き合っちゃいけないって決まりがあるわけじゃないし、ねえ?」

ミキがやや大げさな仕草で肩を竦めて私を見る。
その時に、ニヤリを笑うのを見逃さなかった。
私はそんなミキをジトリと見つつ、「さーね」とだけ答える。
女の子たちは私の反応が期待外れだったのか、最後は私にまで非難めいた視線が向けられた。

「自分たちには関係ないくせに、何であんなに騒ぐかなー」
「こう言うネタは面白いからね」
「言えてる。他人の別れ話とかって盛り上がるよね」
「趣味悪いよ、ミキ」
「うわっ、から振ってそれはないでしょ」

酷い。さいてー。そんな言葉を投げて来るミキに笑いながら、ふと、思った。

「私も、今誰かと付き合ったらあんな風に言われるのかなぁ」
「あー、間違いなく言われるね!ましてやあの芥川くんじゃ、もうボロクソじゃない?」
「……ちょっと、ミキ、それって仕返し?って言うか、私芥川くんなんて言ってないし」
「まだそんなこと言ってる!いい加減認めればいいのに」
「……何をよ」
、ここ何日かすごく楽しそうだよ〜?」

そう言うミキの目は笑っていて、本当のことを言っているのか冗談を言っているのか分からなかったから「そんなわけないでしょ」とだけ冷たく返した。

「あ、、今日日直じゃなかった?」
「うん、そうだけど。何で?」
「あれ。あのノート。数学の蒲田先生のとこに持ってかなきゃダメなんじゃない?」
「――あ」

指差された教卓の上には、山積みのノート。
さっきの数学の授業で集められたものだった。
一緒に日直だった子も忘れてるらしく、教室内に見当たらない。

「手伝おっか?」
「大丈夫。じゃあちょっと行って来るよ」

ノートを抱えて教室を出た私の背後から、声を掛けて来たのは隣りの席の五十嵐くんだった。
普通に挨拶をして、時たましょうもない話をするクラスメイト。

「手伝うよ」
「え?別に大丈夫だよ」
「いいから半分貸せよ」

そう言って、半分どころか3分の2以上のノートを奪い取ってしまう五十嵐くん。
ここで無駄に意地を張って奪い返すのも変な話だ。
私は素直に「ありがとう」と頭を下げた。

「気にすんなって」

わざわざ手伝ってくれるなんて、案外親切なんだな。
爽やかに笑顔に、そんな微妙に失礼なことを思いながら私もちょっと笑った。
それからいつもと同じく他愛ない会話をしながらノートを運んだ。
もうじき来る夏休みはどうするとか、その前の期末考査が憂鬱だとか。
放課後一緒に勉強しようとか、試験が終わったら遊びに行こうとか、その辺は曖昧にかわしながら。
この前、ミキとした話を思い出す。
五十嵐くんと二人でお昼を食べられるかどうかって言う話。
こうやって色々話をして可笑しくって笑ったりするのに、何だかそう言うのは今いちピンと来ない。
芥川くんみたいに言われたら、同じようにしてたんだろうか?
でもそんな五十嵐くんも想像がつかない。

昼休み、相変わらずいやらしい笑みを浮かべるミキに送り出されつつ、私はお弁当を持って中庭に向かった。
五十嵐くんが何となくこちらを見たような気がしたけど、気にせずに教室を出る。
いつもの場所に行くと、既に芥川くんがゴロリと仰向けになって寝ていた。
本当に、ここにいる時は寝ているかご飯食べているかのどちらかしかない。

「――ご飯、食べないの?」

隣りに腰を下ろし、鞄からお弁当箱を取り出す。
芥川くんはゆっくり目を開いて、横になったままそんな私の様子を眺めた。

「先に食べるよ」

まだ起き上がる様子のない芥川くんのお腹に彼の分のお弁当箱を乗せる。
それでも彼は横になったまま、ぼーっと私の方を見上げていた。
何となくいつもと違う彼に内心首を傾げつつ、私は構わず自分のお弁当の包みを開いた。
あんまり食べているところを見られるのは好きじゃない。
落ち付かない気分のまま、それでもなるべく気にしないようにして私はお箸をつける。

「――どうしたの?」

半分位食べ終わっても芥川くんは起き上がる様子がない。
一体どうしたって言うんだろう?
私がそう聞くと、彼はお腹に乗せられたままだったお弁当を脇にどけた。
でもやっぱり起き上がらない。

「機嫌でも悪いの?」

ただの眠そうな目とはちょっと違う気がする。
どう見ても機嫌良さそうには見えないから、そんな風に聞いてみる。
そう言えば、さっきから私ばかりが話していて、芥川くんは一言も喋っていない。

「何か怒ってるの?」

心当たりなんてないけれど、とりあえず聞いてみた。
すると、芥川くんの目が、少しだけ動く。

「――心当たりでも、あるの?」
「ない」

即答する私をまたチラリと見て、「そうだよね」とだけ呟くように言って目を閉じる。
訳が分からない。
いつもよりちょっと低く感じた芥川くんの声に動揺して――でもそれを気にしないようにして私はご飯を食べ続けた。
結局、食べ終わるまで芥川くんはそのまんま。
私はお弁当箱をしまって、目を閉じたままの芥川くんを見て小さくため息。
私の視線に気づいたのかどうなのか、芥川くんは「」と私の名前を呼んだ。
そして、目を開いて、私の方は見ないままゆっくりと体を起こす。

「やっぱり、俺、楽しいだけじゃダメだ」

その言葉の意味が分からなくて「え?」と声を上げた時には、すぐ目の前に芥川くんの顔があった。
びっくりして声も出せず、肩を掴まれて逃げることも忘れてしまう。
そして声を失った私の唇に、芥川くんの唇が、重なった。
柔らかく触れるだけのキス。
けど、そのついばむように繰り返される優しい感触に、私の頭は痺れてしまったのか何も考えられなくなる。

「――

そして、もう一度名前を呼ばれた瞬間。
ああ――私、この人が好きだ。
そんな風に、感じてしまった。
そう感じた瞬間、急に金縛りから解かれて――そして、気が付いたらそこから逃げ出していた。