absurd 4




教室に戻ってからミキの詮索が始まった。

「別にちょっと外で食べたいと思っただけだよ」
「一人で?」
「うん」

何とか適当に遣り過ごそうと思ったんだけど、次の彼女の台詞に思わず動揺してしまったのがばれた。

「じゃあ、明日は私も外で食べようかなー」
「えっ?」
「別にいいでしょ?」
「え……と、それは……」
「観念しなよ、。あんた、そんなに嘘が上手い方じゃないんだからさ!」

ミキが可笑しそうに、でもちょっと呆れたようにそう言って笑った。
誰にも何も言わないよと言う彼女の台詞に、私はため息を吐き出した。
そして、誰にも言わないでよ、と駄目押しのように念を押して、芥川くんとお昼を食べたことを白状した。

「ええっ!?ホントにっ?どうして!?」
「まあ何て言うか……偶然そんな感じになっちゃって」

ミキが思わず叫んじゃうのも無理はないと思う。
だって、彼とは隣りのクラスって言うだけで、全然接点がない。
体育は二クラス合同だけど、男子と女子じゃ一緒に授業を受けるってことはまずないし。
私は往生際悪く曖昧に答える。
芥川くんに言われたことを打ち明けたら、一体どんな反応をされるんだろう。

「そっか、だからこの前芥川くんを見てたんだー」
「いや、えーと……うん、まあ、そうかな。私も全然知らないし……」
「でも一緒にお昼食べてるんだ」

意外だよね〜と言いながら、ニヤニヤ笑いをするミキ。
一体何が、とジトリと見返す。

って、よく知らない男子と仲良くご飯食べるってイメージじゃないし」
「……そう?」
「じゃあさ、五十嵐と一緒に食べようって言われて二人きりで食べる?」

私の隣りの席の男の子の名前を挙げられて、反射的に首を横に振る。
別に嫌いじゃないし、普通に会話はするけど二人きりでなんて、想像もつかない。
でも、芥川くんと一緒に食べることだって、ほんの少し前には想像もつかなかったことだ。

「何て言うか……芥川くんとは勢いで」
から言ったんじゃないんだよね?」
「もちろんだよ!」
「へー、でもそれもちょっと意外。芥川くんにそう言う勢いってあるんだ。何だかいっつも眠そうにしてて受身なイメージだよね」
「……案外、自分勝手だよ」

昼休みの彼の態度を思い出し、ついつい顰め面になってしまう。
そんな私に、またミキは可笑しそうな顔。

「そっかそっか、芥川くんかぁ」
「ちょっと待ってよ、別に私、芥川くんが好きってわけじゃないよ?」
「まだそんなこと言うの?が好きでもない奴とお昼なんか一緒に食べるわけないじゃん!」
「だから、それは勢いで――」
「でも少しは気になるんでしょ?」

確信に満ちた目つきでそう言われて、私は即座に否定出来ない。
気にならないことは――ない。
言葉に詰まる私に、ミキはニヤリと企むような笑い。

「じゃ、私に任しといて!」
「え?何をっ?」
「芥川くんのこと、色々調べてあげる!」
「ええっ!?い、いいよ!」
「大丈夫、大丈夫!新聞部の友達もいるから、聞いといてあげるよ。テニス部ってよく取材してるから色々知ってると思うし」

何がどう大丈夫なのか分からない。
別に知りたくないと必死に訴えても、情報収集しておいて無駄にはならないはずだと言い張るミキ。

「ま、私もテニス部のことって、ちょっと興味あるし」
「本当の目的はそれ?」
「冗談だって!のこと応援してるから!」

どんどん一人で盛り上がってしまうミキを見て、やっぱり何としても打ち明けない方がよかったかと、ちょっと後悔した。




「ねーねー。いつになったらジローって呼んでくれるの?」

次の日の昼休み、芥川くんは豚の生姜焼きを頬張りながら急にそんなことを言って来た。
怪訝な顔をする私の方を見ずに、次はポテトサラダを食べる。

「最初にジローって呼んでって言ったのに」
「……そんなに仲よくないのに、呼べるわけないでしょ」
「え〜?別にそんな仲よくない子でもジローって呼ぶ子いるよ?」
「それは――中にはそう言う子もいるかもしれないけど、私は無理」

ふーん、と納得いかないような、あんまり興味なさそうな、平べたい感じの返事をしてペットボトルの水をゴクゴクと飲む。
こう言うとき、何かちょっと、芥川くんのイメージが変わる。
女の子にチヤホヤされて、男の子にも普通に好かれて、その見た目のせいもあって天使みたいな印象があったりするんだけど、実際こうやって話していると、冷めていると言うか――荒んでいると言うか。
無言で肩を竦め、私もペットボトルの水を飲んだ。
約束通り芥川くんが買ってくれた水。
私が昨日彼に飲まれてしまったのはお茶だったんだけど、「え?ああそうだっけ?ま、どっちでもいいじゃん」とか言って半ば強引に渡された。

「そう言えば、は明日の午後って何してんの?俺、土曜って部活休みなんだー」
「……どさくさ紛れに下の名前呼ぶのはどうかと思うけど」
「で、は明日は暇なの?」
「……」

沈黙で抗議してみたけど、どうやら芥川くんの方から折れるつもりはないらしい。
ペットボトルを置いて、またお弁当に箸をつける。
ちょっと粘ってみたけど、芥川くんはお弁当を食べ終えてしまって「ごちそうさま」と丁寧に両手を合わせるだけ。
私はジトリと横目で睨みつつ、残っていたご飯を口に運んだ。

「……何で?」
「暇なら、ちょっと付き合って欲しいなーと思って」
「どこに?」
「それは明日のお楽しみ」

しし、と笑いながら芥川くんはお弁当を包み、鞄の中に戻す。
確かに明日は特に用事はない。
でもだからって何で芥川くんと会わなきゃいけないのか。
そんな捻くれた考えも頭に浮かんだけれど、私は敢えて素直に頷くことにした。
何て言うか――たぶん、こうやって中途半端な状態を続けるよりも、何か行動をして「納得のいく答え」と言うのを見つけた方がいいような気がする。
まさかすぐに頷くとは思っていなかったのか、芥川くんは思い切りビックリした顔をした。

「自分から言い出しといて、その反応ってどうなのよ」
「あー……ごめんごめん、絶対3回位は嫌だって言われるだろうって思ってたから」

そう思われるのも無理はない。
だって、芥川くんと話をしているこの数日で、1回で何かを素直に認めたりとか、なかった気がする。
それは――ある程度仕方がないと思わない?
妙に嬉しそうに笑う芥川くんに、思わず、妙な笑みを返してしまった。

「あ、ってテニス出来る?」
「テニス?やったことないよ……って、まさか、テニスするの!?」
「だからー、それは明日のお楽しみね」

私はちょっと憂鬱になりつつも、次の日に学校から一度家に帰ってなるべく動きやすい格好に着替えてから待ち合わせ場所へと向かった。
その場所は、私が今まで一度も下りたことがない駅。
通学の途中に通る駅だったけれど、特に用事がなかったのでいつも通過するだけだった。
5分位早く着いてしまって、きっとまだ芥川くんはいないだろうなと改札口に向かったら、何と、そこには既に彼が立っていた。
壁に寄りかかって大きな欠伸をしながら。

「あ。早いね〜」
「早いって……芥川くんの方が早いじゃない。ごめん、待った?」
「待ってないよー。じゃあ行こっか」

眠そうな目のままクルリと方向転換して、駅から出る。
その背中にはやっぱりテニスバッグ。
「テニスコートにでも行くの?」と聞くと「うーん、そんな感じ」と微妙な返事が返ってきた。
首を傾げつつも大人しく後について行く。
と、次第に閑静な住宅街へと入って行った。
そう言えば、この辺は結構メジャーな高級住宅街だった。
右を見ても左を見ても、立派なお屋敷ばかり。
こんな所にテニスコートなんてあるのかなぁ、ああ、あってもおかしくないか、テニスってちょっとセレブなスポーツだし。
そんなことを考えていたら、芥川くんが大きな森のような場所の前で、私の方を振り返った。

「着いたよ」
「え?」

怪訝な顔をする私に構わず、芥川くんはまたスタスタと歩き出し、その鬱蒼とした木々が途切れた所に現れた大きな門をくぐった。
何だろう、何か嫌な予感がするんだけど。
背の高い木々に囲まれた、広い小路。
そしてその向こうには――大きなお屋敷と言うよりは、もう完全にお城と言った方がいいような建物が見える。

「ちょっと待って芥川くん……ここってまさか、跡部くんの家じゃないよね」
「正解〜!よく分かったね」
「せいかい〜じゃなくて!何で跡部くんの家になんか――っ」
「あはは、跡部に『なんか』って付ける子、初めて見たー」
「そうじゃなくて!何でここに!?」
「跡部と打つ約束してたんだー。だからも一緒にどうかと思って」
「いや、一緒にって無理でしょ!テニスしたことないって言ったじゃない!第一、私ラケット持ってないよ」
「そんなの俺の貸してあげるって。俺のじゃ駄目でも、跡部ん家には沢山ラケットあるから、きっとに合うのもあるよ」

さあ行こう行こう。
足の止まった私の手を取り、芥川くんは楽しそうに歩き出す。

「私、跡部くんと面識ないよっ」
「大丈夫、大丈夫。跡部、案外そう言うのって気にしないから」
「よく分かんないし!」

ぐいぐいと私の手を引っ張る芥川くん。
いや、ホントに帰りたくなって来た。
抵抗する私を振り返り、芥川くんはちょっと不思議そうな顔をする。
そしてその後、また楽しそうに笑った。

「跡部とテニス、すっごく楽しいよー?」

いや、それは、芥川くんは楽しいかもしれないけど……。
私は思わず顔を引き攣らせる。
けど、その笑顔を見たら抵抗する力が緩んでしまった。
テニスをする時は、もっと楽しそうな顔をするんだろうか。
そんなことに興味を持ってしまったから。