息 1




息が、詰まりそうだった。

普段の生活の中で、あ、あの子ちょっと可愛いな、と思ったり、何となく目に留まったり、そう言うことはよくあると思う。
一目惚れとか、そんなレベルまで行かなくて。
大学のキャンパスでとか、バイト先の店でとか、峠でとか。

声をかけやすいシチュエーションだったら、別に迷わず声かける。
相手にされなかったらされなかったで構わない。どうせ次の日になれば顔も忘れちまってる。
峠なんかじゃ、大概声をかけた子は啓介さん目当てだったりする。
うわ、身の程知らず、とか内心思いながら、あっそう、頑張ってねですぐ終わる。

「お前、惚れっぽいなぁ。」
「ほっといてくださいよ。」

ダチにも、レッドサンズの連中にもよく言われる。
否定しないけど、でも、これって「惚れ」てる訳じゃない。
本当に好きになるんだったら、たぶん、こんな始まりじゃない。
そんなふうに思ってた。

だから、これは―――違うだろ?

毎週火曜日と金曜日の夕方。
その店の前を通ると、必ずその子の姿が見える。

そこの前の信号は、俺が通るとき決まって赤で、しかも長いからサイドブレーキを引いて変わるのを待つ。
今流行りのコーヒーショップ。
火曜日の夕方。何気なく視線を向けたら、その子が窓際の席に座ってた。
何の変哲もない格好をして、コーヒーを飲みながら何やら本を読んでいる。

ちょっと可愛かった―――って言うか、好みの範疇だった。
そんなに熱心に何の本を読んでるんだろう?と思いながら、その顔をぼーっと眺めていたけど、じきに信号が変わってしまった。
サイドをおろすときに、チラリともう一度その子の方を見る。
当たり前って言えば当たり前だけど、俺のことには全然気づかない。
何となく面白くない気がしながらも、車を発進させてしまうと、そのエンジン音と共に、彼女のことは頭から出て行ってしまった。

たぶんその一度きりだったら、彼女のことなんてそのまま忘れてしまってたと思う。
いや、二度、三度くらいだったら、忘れてたかもしれない。
―――忘れられなかったかもしれない。
その店は、大学へ行く途中にあるから、毎日通り過ぎる。
水曜日、木曜日と同じように信号待ちをして、ふと彼女のことを思い出して、店を覗いて。
姿が見えなかったから、ちょっとがっかりしながらも、記憶から消えかけていた。

金曜日。
同じように信号待ちをして、やることないから店の方を眺める。
そのときはもう彼女のことなんて忘れかけてて、本当にただの暇つぶしに。

そうしたら、彼女が、同じ場所に座っていた。

やっぱり熱心に本を読んで。
俺のことには気づかないで。

発進するときに、いつもよりアクセルを踏み込む。
歩道を歩いているやつは驚いてこっちを見たけど、そいつは本に視線を落としたままだった。

それから次の火曜日までは、もうそいつのことは忘れなかった。
土曜日、用事があった帰りにわざわざ回り道をして店の前を通ったけど、いなくて。
日曜日はダチの家にいて見に行けなくて。
月曜日、ちょいドキドキしながらその道を通って止まったけど、いなくて。ちょいガッカリして。
火曜日に見たら―――いた。

その日は本じゃなくてノートを開いてペンを動かしてた。
年は俺と同じくらいに見えるから、もしかしたら大学のレポートでもやってんのかもしれない。
どっちにしろ、俺には気づかない。

その後の水曜日、木曜日は、その店の前で止まるのに、やけに緊張した。
でもそこにいないって分かると、もう、ガッカリするって言うよりは、ムカついて。
そのムカムカは夜まで続いて、そのまま峠走って啓介さんに怒られて、さらに不機嫌になった。

金曜日、見つけたときは、馬鹿みたいに嬉しかった。

ほんと、馬鹿じゃねぇのって、自分で自分が可笑しい。
でも、もう手遅れで。
それから火曜と金曜は、特別な日になってしまった。