息 8




このコインパーキングに止めるのは、二回目だ。

火曜日。
俺はあの店の脇に車を止めた。
先週、あんなふうに理不尽な怒りをぶつけてしまったことを、どうしても謝りたかった。
本当はあの後すぐにでも謝りたかったけれど、結局、どこかで偶然会うなんてことはなくて、今日になってしまった。

車を降りて、店の入口に向かう。
すげぇ緊張した。
心臓がバクバク言った。
もしかしたら、あんなことは彼女にとっては取るに足りないことで、謝るほどでもないのかもしれない。
でも、自分で自分にケリを付けるためには、やっぱり謝らなきゃいけない。
外から店の中をチラリと窺うと―――彼女と目が合って。
戸惑いながらも頭を下げる姿を見て、俺はさらに心臓が爆発しそうになった。

「―――この前は、ごめん。」

まっすぐ彼女のいる席まで行って、間髪いれずに俺は頭を下げた。
とにかく、謝るまでは彼女の顔をマトモに見ることが出来なかった。

「いえ・・・平気です。・・・ちょっと、びっくりしましたけど。」

ほんの少しの沈黙の後、彼女のその言葉に頭を上げると、彼女は少し困ったように微笑んだ。

「私も軽率だったの、かも。」
「別にあんたは悪くないよ。ただ俺が・・・。」

そこまで言って、言葉を続けることが出来なくなった。
ただ、俺が勝手に怒っただけなんだ。

あんたの言葉が―――嬉しくて。

自分の存在に気付いていてくれたことが、嬉しくて。
・・・いや、ただ単に車が派手だからなだけなんだろうけど。
嬉しくて。
でも、嬉しいと思ってはいけなくて。
どうしようもなく、腹が立ったんだ。

そんなこと、あんたに言っても、困らせるだけだけど。

「あの・・・何か飲まないんですか?」
「え?ああ・・・。」

黙り込んでしまった俺に、彼女は首を傾げて、そう聞いてきた。
本当は謝ってすぐに帰るつもりだったんだけど、彼女にそう言われたら、何となく、飲みたくなってくる。
俺はちょっと躊躇って、そいつを見る。
そしたら、そいつは「どうしたんですか?」って、不思議そうに笑う。
何て言うか、その笑顔が、苦痛じゃなくて―――寧ろ、ほっとした。

自分でもよく分からないけど。
そいつの顔を見るのが、つらくなくなってた。
謝っただけで、勝手に許された気になったのか。

何を、許されたかったのか。

「史浩さん、まだ来ないの?」
「うん・・・今日はちょっと遅れてるみたい。」

コーヒー飲んで、他愛ない話をしてたけど、外が暗くなっても史浩さんは現れなかった。
史浩さんもやっぱり忙しい人だから、どうしても時間は前後してしまうんだと、特に気にしない様子で言う。
確かに、真面目に国立大に行って、そのうえレッドサンズまで纏めてるんだから、そんなに暇があるわけがない。
そんなものか、とコーヒーを啜ってると、彼女の携帯が震えた。

「―――史浩くん?」

その電話は史浩さんからだったらしい。
彼女は一瞬だけ、がっかりしたような顔をしたけれど、明るい声のまま、用件だけですぐに切った。
俺がチラリと彼女の顔を見ると、何でもないことのように、さらりと言う。

「今日はちょっと無理みたい。」
「え?」
「お父さんに呼び出されちゃったらしくて、これから行かなきゃいけなくなったって。こう言うこともたまにあるんです。一ヶ月に一回くらいは。」
「って・・・それ、ムカつかないの?」

俺は純粋な疑問をぶつけたんだけど、彼女にはすごい意外なことだったらしく、一瞬目を大きくして、可笑しそうに吹き出した。

「初めからそのつもりで待ってるし・・・ここで本読んだりレポートやったりする時間って結構貴重なんで。」
「ふぅん・・・。」

昔からの付き合いだから、そう言うところ、ちゃんと分かり合ってるんだろうか。
羨ましい―――けど、たぶん、俺にはそう言うの、無理だ。
俺にはきっと、こいつを待たせることも放っとくことも、出来ない。
―――なんて、馬鹿なこと考えてる自分に気付いて、慌ててそれを誤魔化すように俯いてコーヒーを飲んだ。

彼女も携帯を仕舞ってカップを手に取った。
史浩さんが来ないと分かったら、もうここにいる必要がない。お互いに。
二人で、黙ったまま残ったコーヒーを飲む。

「じゃあ―――飯でも食いに行くか。」

ただ、何となく。
勢いで。
いや―――勢いを装って。