息 3




ちょっと考えれば、すぐに分かっただろう。
何で毎週同じ日に、一人でそこに座っているのか。

そりゃ、確かにただの暇つぶしで来てるのかもしれない。
でも、必ず一つの可能性は考えられたはずなのに。
誰かを待ってるって。

それなのに俺は何も考えず、何度も入ろうかと迷ったコインパーキングに車を止めた。
店の入り口に回るときに、窓の外から中をチラリと覗く。
やっぱり、そいつは同じ場所にいた。
たかだかコーヒーショップに入るだけなのに妙に緊張する。
カウンターに置かれたメニューの内容なんて全然頭に入ってこなくて、適当に、一番初めに載っていたものを注文した。

そいつは、中に入ってきた俺のことになんて気付かない。
いや、誰か来たのくらいは分かってるのかもしれないけど、そんなの、そいつには全然興味ないことだ。
当たり前だけど―――ちょっと、ムカつく。
俺は少し離れた席に腰掛けた。
声はかけなかった。
これからクラスのやつが来るのに、ナンパしてどうするよ?と心の中で自分に言い訳してたけど―――ただ単に、出来なかっただけだ。

俺ってストーカーみてぇ。
苦々しくそう思いながらも、どうしてもそいつに目が行ってしまった。

空いている椅子には、少し重そうな鞄。
テーブルの上には、大学ノートと厚めの本。
そいつはその本に目を通しながら、時折何やらノートに書き取っていた。
そう言えば、ガラス越しじゃなくて直接彼女を見るのは初めてだ。

さらさらと肩から落ちる髪は梳いたら気持ちよさそうで、少し赤い頬は触れたら柔らかそうで、ほっそりした手は、温かそうだった。
顔は確かに好みだけど、十人並み。
たぶん、普段の俺なら、こんなやつのことなんかすぐ忘れてるはずなのに。

何でこんなことになっちまったんだろう?

馬鹿みてぇ。
ほんと、馬鹿みてぇだ、俺。

その姿を見ていたら苛々して、でも目が離せなくて。耐え切れなくて立ち上がった。
軽い気持ちで声をかけることなんて、今の俺には出来やしない。

相手にされなかったら?
無視されたら?
罵詈雑言浴びせられたら?

今まで女に声かけるとき全然考えもしなかったことが、不意に頭に浮かんで、足が竦む。
でも、今の状態にも耐えられない。
俺らしくない。
分かってるのに、どうすればいいのか分からない。

とりあえず、席を移ろう。―――あいつの見えない場所に。
後ろ向きな考えだって分かってたけど、今はそうすることしか出来なくて、俺は空いている席を探した。
ぐるり、と店内を見渡す。
そして―――入り口で、目が、とまる。

「史浩さん?」

びっくりした。すごく。
まさか、こんな所で会うとは思いもしなかった。
ここは史浩さんの自宅からも大学からも遠いし、赤城への通り道ってわけでもないはずだ。
カウンターで注文する史浩さんの後姿。
普段の俺なら、間違いなく駆け寄って、声をかける。

「こんな所でどうしたんすか?」

とか言って笑って。
だけど、今の俺は、ただじっとその背中を見つめるだけ。
その後の行動を見守るだけ。

たぶん、予感があった―――外れて欲しいって、思いながら。
俺、こう言うときって、むちゃくちゃ、ついてないから。

史浩さんがコーヒーを受け取って、席の方を振り返る。

迷わず、窓際の席を。