息 11




「すっかり元に戻ったじゃん。」
「そーっすか?」

ポンと肩を叩いてくる啓介さんに、ちょっと照れくさくなりながらも笑って返す。
本当に現金なもんで、今までの不調が嘘みたいに、今は絶好調な感じだった。

下りのタイムはほんの少しだけど縮まったし。
この前パチンコでは、かなり勝てたし。
テストは何とかうまく行ったし。

「じゃあ、今度のバトル、お前が下り走るか?」
「本当っすか?!」

涼介さんと打ち合わせをしていた史浩さんが、俺たちが屯してる所に来てそう言うので、慌てて立ち上がった。

「まあ・・・今度のバトルは啓介たちが出るほどではないし、最近ケンタも調子いいからな。」

史浩さんの顔も、ちゃんと見られるようになった。
確かに、今はまた別の後ろめたさはあったけど。
でも、あれは、自分にとって、必要なことだったんだ、なんて勝手に考えてる。

彼女には、あれから会ってない。
いや、それだけじゃなくて、見てもいない。

あそこの大学は学科が違うと殆ど接点なんてなくて、会う機会もないし。
店の前の道は、今は通ってなかった。
見られないとか、見たくない、とか、そう言うんじゃない。
苛々するとか、そう言う後ろ向きな気持ちからじゃなくて、ただ、何となく。

いつか、何も考えないで通れる日が来るかもしれない。
全部忘れて、うっかり通ってしまうこともあるかもしれない。
何となく、それを望んでいながら、でも、忘れたくない気もする。

「史浩さん、今も毎週あそこで彼女と待ち合わせしてるんすか?」
「え?あ、ああ・・・。」

声を潜め、咳払いする史浩さん。
俺も一緒になって、声を小さくした。

「ちゃんと大事にしてやってくださいよ。ドタキャンとかしないで。」
「え?」

また、連れ出しちゃいますから。
そんな冗談を心ん中で呟きながら、思いきり、深呼吸した。