息 7




最悪だ。
そんなの、自分でも分かってる。

「くそ・・・。」

さっきから何回寝返り打ったか分からない。
あいつの戸惑った顔―――傷ついた顔。
それが頭から離れなくて、苛々した。

あの後、家に戻って、すぐ布団に潜った。
赤城に行って、また何かチームのやつらに言われるのも鬱陶しくて、眠れなくてもゴロゴロとしてた。
時計を見たら、もう3時すぎ。

「・・・・・・。」

今の時間から行けばあんまり車もいないだろう。
ノソノソと起き上がり、車のキーを掴む。

さすがに赤城とは言っても平日のこの時間ともなると、殆ど人も車もいない。
俺は上りでちょっとフラストレーション溜めながらも、アクセルを思いっきり開けて山頂へ向かった。
エネルギー資料館前の駐車場に滑り込ませると、そこには、今、一番会うのを避けたかった人の車。

「よお、どうしたんだケンタ。こんな時間に来るなんて珍しいな。」

その車の脇でぼんやりと空を眺めながら煙草を吸っていた史浩さんが、こっちに近づいてくる。
俺は一度深呼吸して、車を降りた。

「史浩さんこそ・・・それ、珍しいですね。」
「ああ・・・旨いとも思わないんだけど、ごくごくたまぁに吸ってみようかなぁって気になるんだよ。」

俺が史浩さんの手にある煙草を指差すと、史浩さんは小さく苦笑いする。
いつもダッシュボードの中に入れていて、たまに啓介さんが拝借しているのは知っていた。

「こんな時間までどうしたんすか?チームの用事か何かですか?」
「いや、ただ走ってただけだよ。」
「え・・・史浩さんでも走りこみとかするんすか?」
「これでも一応走り屋の端くれだからな。」

俺の言葉にか、吸っている煙草にか、史浩さんは苦々しく口を歪めた。
史浩さんって言えば、裏方とか、渉外のスペシャリストってイメージでばかり見ていたけれど、そう言えば、このレッドサンズの中で、普通に並んで走ってるんだ。
その辺の連中なんかに比べれば全然速いから、俺たちみたいにどこかで走りこみしててもおかしくはない。
俺はそんな考えが頭から抜け落ちていて、すごく、びっくりした。
その隣りで、相変わらず苦い表情をしながら煙草の煙を吐き出す。

「涼介と同じ、とは言わないけど、それなりに負けないくらいは走ってるんだけどなぁ。全然速くならないな。」

俺も煙草を取り出すと、史浩さんがライターの火をつける。
そんなことないじゃないですか、と改めて、本心から言ったんだけど、史浩さんはハハと乾いた笑いを漏らすだけ。

「頭じゃ分かってるんだけどなー。いざとなると、踏み込めないな。」
「史浩さんは常識人なんすよ。走り屋なんて、どっかブッ飛んでないと出来ないっすから。」
「ああ・・・一番ブッ飛んでんのは涼介だろうな。」
「そんなこと言えんの史浩さんだけっす。」

二人で同時に笑う。
煙草から出る煙が、ゆらゆらと昇って、暗闇に消えていく。

俺は、やっぱ、史浩さんが好きだ。

よく分かんないけど、何か可笑しいけど、今、むちゃくちゃ、そう思った。
じわりと、目が熱くなる。
俺は慌てて俯いて、足で煙草を踏み潰して誤魔化した。

「―――ケンタ。」

バレたのか、そうでないのか、史浩さんがまるで呟くように、静かに言う。

「ため込むなよ。」

史浩さんも、煙草を踏み潰す。

「悩むのは大切だけどな・・・一人でため込むなよ?」

俺はもう誤魔化すことが出来なかった。