息 5




その日から、俺はあの店の前を通るのを止めた。

最初っからそうしとけばよかったんだ。
やばいと思ったときに。
何か、いつもと違うって、気付いたときに。

彼女に会う確率のある行為は、出来るだけ避けたかった。
店の前を通ること、大学構内をふらふら歩き回ること。
すっげぇ、自分で「らしく」ないと思った。
何やってんだよ俺、って情けなくもなった。
けど、かっこつけてる場合じゃなくて、とにかく、俺は彼女を忘れることに必死だった。

会わなきゃ―――顔を見なきゃ、人間いつかは忘れるもんだ。
たとえ、毎晩のように史浩さんに会って、その存在を思い出させられたとしても。

相変わらず、ファミレスでも、大学でも、峠でも、ちょっと可愛いと思う女はいる。
でも、何だか、声をかける気にならなかった。
別に怖いんじゃない。
ただ、もう、「可愛い」と思うこと自体が、どうでもよくなってしまっていた。

忘れるためには何でも利用した。
自分の中で、特別な位置を占めていた「車」でさえも、その手段にした。
ガムシャラに走って。
走って、走って、でも、半ばヤケクソな気持ちで走ってるから、全然技術なんて向上しやしない。
寧ろタイムが落ちてしまう。

「どうした、ケンタ。女とうまく行ってないのかー?」
「うるせぇなっ!」

調子の出ない俺をからかう連中に、当たってしまう。
涼介さんにまで、今日は帰った方がいい、と言われてしまった。
うまく回らないときってのは、何もかも、狂う。

あれから約一ヶ月。
結局のところ、俺は全然あいつを忘れられていない。

「―――これって、恋に恋してる乙女と変わんねぇよな・・・。」

自宅のベッドでごろごろと転がる。
悪あがきすればするほど、全部がおかしい方向に行っちまうから、俺は何も出来ずにいた。
恋わずらいかよ?
自分で自分が馬鹿馬鹿しく思える。

俺はあいつのことなんて何も知らない。
かろうじて知ってるのは外見だけ。十人並みの。
あと―――他人の、ものってことだけ。
それなのに、何でこんなに息苦しいんだろう?