caress 11




「―――で、何で俺を呼び出すのか分からないな。」
「傷心の俺を慰めてやろうとか思わねぇの?」
「傷心な奴が焼肉食いたいとは言わないと思うけどなぁ。」

啓介の運転する車の助手席で、史浩は今いち納得行かない様子で唸った。
「飯に付き合え」と啓介から携帯に連絡があったのはほんの数十分前。
おいおい、幾らなんでも今からすぐって言うのは急だろうと文句の一つも言おうと、FDが既に止まっていた自宅の外に出たが、そこに立っていた啓介の姿を見て、結局何も言わずに車に乗り込んでしまった。
明らかに元気がない、と言うわけではないのだけど、どこかいつもと違う。
一瞬でそれに気付くのは、やはり長年の付き合いのせいだろう。

暫く街中を走って、たまたま引っかかった赤信号。
それが変わるのを待つ間に、啓介は煙草に火をつけた。

「今、をアニキの所に送ってきたんだ。」

ゆっくり煙を吐き出した後のその台詞に、史浩は自分の勘が外れていなかったことを知って複雑な気分で苦笑した。
そして史浩の返したのが冒頭の台詞だ。

「お前たちは、よく分からないよ。」
「何が。」
「何で、あんなに彼女に拘ったのかさ。お前たちにそこまでさせる要因って何だったんだ?」
「そんなの、分かられちゃ困るっつうの。これ以上ライバル増えたらやってらんねぇよ。」

顔を顰めて、今度はふうと細く煙を吐きながら言った啓介の台詞に、こいつはもしかしてまだ諦めていないのだろうか?と疑問を抱く。
しかし敢えてそれには気付かないふりをし、史浩は窓の外に顔を向けた。

「お前たちはもっと現実主義なのかと思ったよ。特に涼介の方は。」
「ゲンジツ主義?」
「だって、他人の彼女で、その上ロクに話したことのない子に兄弟して入れあげるなんて―――どう考えても現実的じゃないだろ。」
「ああ、それは俺も思った。」

まるで他人事のようにそう言ってカラカラと笑う啓介に、史浩は何も言う気が沸かなくなって、ため息だけついた。

「―――でもさぁ」

交差点で、ステアリングを左に切る。
車の通りが殆どない道に出て、啓介は少しだけアクセルペダルを強く踏みつけた。

「案外、そういうもんなんじゃねぇ?別に型に嵌めて恋愛してるわけじゃねぇし・・・誰の何がそんなにいいかって、史浩だって簡単に説明できないだろ。」
「まあ・・・そうかもしれないけどな・・・。」
「だけどまあ―――もしかしたら、直接話してみたら幻滅しちまうかもしれない、とは、ちょっと思ったよな。」
「・・・でも、しなかったんだな。」
「そう。しかも二人ともだぜ?最悪だよ。」

口を尖らせ、再び止められた赤信号に、些か乱暴にブレーキを踏む。

「まさか、涼介に会わせたのはそう言う意図があったのか?」
「俺がそんなに計算高いと思うかぁ?!」

確かに、涼介ならともかく、啓介はそんなことを色々考えたりしないだろう。
史浩はあっさりと自分の言った言葉を打ち消す。
信号が青に変わる。
今度はさっきとは逆に、ゆるゆると発進させた。
そして、その後に続いた啓介の台詞も、力ない。

「―――逆だよ、逆。」
「え?」
「アニキに会わせたら、もう、駄目だろうなと思った。」
「―――やっぱり分からないよ、お前たちは。」

それなのに何故涼介に会わせたりしたんだろう。
自己犠牲?
いくら自他共に認めるブラコンとは言え、啓介は本気な物は決して譲ることはない。
じゃあ彼女に対してその程度の気持ちだったのか―――「分からない」とは口にしながらも、それも違うと思った。

「正々堂々と戦いたかった―――て、ところか?」
「そんなカッコいいもんじゃねぇだろー。」

はは、と大きく笑って煙草を灰皿に押し当てる。
真意を知ろうとするかのように、じっと見る史浩に、啓介は口の端を歪めた。

「そんなんじゃねぇよ。ただ会わせたいと思っんだよ・・・そりゃ、少しは迷ったけどさ。そんで何かが動けばいいと思った。
アニキを好きになればいいと思った。
―――俺のことを、好きになればいいと思った。」

どっちも本当なんだよ。
そう言う啓介の表情に、嘘はないと思った。

「―――やっぱり分からないよ。」

けれど、どうしてもこう呟かずにはいられない。

「史浩、今日そればっか!」
「しょうがないだろ!」

仕方ない、今日はとことん付き合ってやろう。
そう思いながら息を吐くと、窓ガラスがうっすらと白く曇った。