caress 4




「バイトってさ、何してんの?」
「レンタカーの受付。」
「レンタカー?・・・へぇ、車が好きだとか?」
「別にそう言うわけでもないんだけど。家の近くにあって、たまたま募集してたから。」

講義の合間、掲示板の前にいたら高橋くんに声をかけられた。
ついこの前までキャンパス内で見かけることなんて全くなかったのに、一度会うと頻繁にお互いを見つけるようになるから不思議だ。
中庭のベンチに腰掛けて何てことのない話をする。
最近の私には、これが小さな息抜きになっていた。

「でもさあ、家の近所でバイトすんのって、何かやりづらくねえ?」
「別に、知ってる人はいないから。」
「そうなの?」
「今、実家じゃなくて一人暮らししてるんだよ。」
「え!?そうなのかよ!」

高橋くんは、すごくビックリしたような顔をした。
私が一人暮らししてることって、そんなに意外だろうか。

「いつから?」
「高校卒業してから。」
「うわっ、そんな話聞いてねぇよ。」
「・・・言ってないもん。」

片目を細めて「ちっ」って顔をする。

「じゃあ、もしかして、夜は出かけられるわけ?」
「うんまあ・・・夜出かける習慣はないけど。」
「レンタカーの店でバイトしてるってことは、車運転できるんだ?」
「え?うん、一応。」
「ふぅん。それもちょっと意外だよな。」
「・・・どう言う意味よ?」

一体何を企んでいるのか分からないけれど、高橋くんの頭の中ではどんどん話が進んでいる感じ。
腕組みしたと思ったら、「じゃあ今夜は?」なんて聞いてきた。

「今夜って・・・またイキナリだね。」
「いいじゃん、明日土曜だしさ。って、もしかして明日も何か授業入ってんのか?」
「ないけど。でもそんな夜に出かけて何するの?」
「別に、何するってわけじゃないけどさ、いいじゃん、ちょっと付き合ってくれても。」
「・・・いいけど。」

よく分からないままそう答えると、「じゃあ決まりな!」と高橋くんは笑った。
何となく不審な顔つきになってしまう私に、「そんな顔すんなって」とまた笑う。ちょっと苦笑い気味に。

「取って食いやしねぇよ。ただほら、夜にぶらぶら出かけてみんのも楽しいもんだぜ?は夜にドライブ行ったりとか、そう言うことはしないのか?」
「したことないな。早朝とかは、何度か行ったことあるけど。」
「早朝〜?ずいぶん健康的じゃん。」

私は肩を竦め、腕時計に視線を落とす。
あと少しで次の講義の始まる時間だった。
何だか、こうしている時間があっと言う間に過ぎてしまうように感じるのは、気のせいだろうか。




その日の夜、7時過ぎに高橋くんから連絡があって、私は家の近くのコンビニまで出た。
店内を一回りした後、雑誌売場で無難な情報誌を手にとって眺める。
ぱらぱらと半分位ページを捲ったところで、目の前の駐車場に黄色い車がブオンッと大きな音を立てて止まった。
うわ・・・派手な車。
一体どんな人が乗ってるんだろう?と、その運転席側のドアが開くのをじっと見守っていたら―――中から出てきたのは、まさに今自分が待っていた人だった。

「うそ・・・」

私は現実を直視したくないあまり、思わず雑誌に顔を埋めるように俯いてしまう。
確か、あれはマツダのRX−7だ。
うちのお店でも一応貸し出し出来るらしいけど、スポーツカーだし、料金が恐ろしく高いせいか、少なくとも私がいるときに貸し出されたことは一度もない。
あの流線型はかっこいいと思う。
けど、今まで見たことがあったのは黒とか白とかシルバーとか、しっとり落ち着いた感じのものばかりだったので、すぐ目の前、ガラス越しに見える車は全く別物に見える。
―――あの後ろのウィングのせいかもしれないけれど。

でも確かに、高橋くんには一番似合う車なのかもしれない。
中途半端な車だと、何だか釣り合いが取れない気がする。
彼がお店の中に入ってくるまでに私はそんなことを考えて、最後には一人納得していた。

「よぉ―――って、何だよ変な顔して?」
「え・・・そんなことないよ。ただ高橋くんらしい車だなぁと思って。」
「ああ、よく言われる。でもアニキも『いかにも』な車に乗ってるぜ。」

本当に言われなれているのか、聞き流すようにそう言ってさっさとコンビニを出ようとする。
いかにも・・・って、一体どんな車だろう?
兄の涼介さんの方は、さらにイメージがはっきりしない。ただ何となく『きれい』な車に乗っていそう。
そんなことを思いながら、私も高橋くんの後についてお店を出た。

「今、何考えてんの?」
「え?」
「今度は難しい顔してるから。」

笑いながら、高橋くんは車の助手席側にまわって鍵を開ける。
そのまま「はい」ってドアをバクンと開くと、煙草と車特有の匂いが外に漏れ出てきた。

「お兄さんの車って何だろうと思って。」
「『お兄さん』って、なんか変な呼び方だな。」

そう言ってまた笑う。
私は「そうかな?」と首を傾げて車に乗り込んだ。
何だか、普段乗りなれている車と違って、シートがすごく低くて変な感じ。
バケットシートだし―――これがバケットと言うことくらいは知ってる―――変なメーターは付いてるし、高橋くんの匂いはするし、この車の中は異世界のような感じがした。
きょろきょろと車内を見渡す私に、運転席におさまった高橋くんが「何か珍しいモンでもある?」とからかうように言う。
エンジンをかけると、これもまた慣れない低音と振動。

「こういう車は運転しねぇの?」

コクンとシフトをローギアに入れる。
別に、私はそんなに車好きってほどでもないと思うんだけど、それでも何だかワクワクする。
初めて飛行機や新幹線に乗った子供のような純粋な期待感、のようなものだろうか。

「うん。幸いなことに。」
「何だよ、その『幸いなことに』って。」

だって、バイトでこんな車の配送なんて言われても、きっと運転できない。
1センチでも前に進ませることが出来るんだろうか。

「・・・まあいいや。で、アニキの車、何だと思ったって?」
「それが想像つかなくて。」
「そっか?ああ、お前がアニキにどんなイメージ抱いてるかってとこだよな。」

ゆっくりと車が前に進む。
ウィンカーのカチカチと言う音さえも新鮮な感じがしてしまう。
おかしい。

「国産車?」
「・・・っつーことは、外車かもって思ったんだ?どの辺?ベンツとか?そうだとするとアニキってすげぇおっさんくせぇイメージ?」

くく、と小さく笑ったままアクセルを踏み込み、お店の前の国道に出る。
すごい音。
すごい加速。
ちょっとビックリして苦笑いするのも忘れた。

「一応国産車だよ。ヒント欲しい?」
「うん。」
「5ナンバー。」
「それだけじゃ分かんないよ!」
「そっかぁ?」

本当に分からない。
仕方ないから何となく頭に浮かんだ車の名前を口にした。

「フェアレディZ、とか。」
「なに、お前Z好きなの?つーか、あれ、3ナンバーじゃん。」
「そうだっけ。分かんないよ、思い浮かんだの言っただけで。」

しょうがねぇなぁと笑う高橋くんに、非難がましい目を向ける。
自慢じゃないけど車の種類なんて仕事絡み以外のものはさっぱり分からない。
でも、仕事で見たことのある車は、あまりイメージじゃない。
仕方ないからヤケクソで答える。

「・・・カローラ。」
「カローラっつっても色々あるじゃん。」
「え?カローラなの?」
「違うけど。」
「・・・・・・。」

さらに非難がましく睨みつける。
けど、そんな私の方なんか見ずに前を向いたまま可笑しそうに笑った。
信号が青に変わり、発進したと思ったらすぐ前に見えたファミレスに入る。

「飯、まだだろ。」
「え・・・うん。」

確かに、ご飯はどうするんだろうな、とちょっと思ってたからちょうどよかったと言えばちょうどよかったんだけど。
高橋くんは初めからここに入るつもりだったような―――と言うか、いつもよく来てるような、そんな雰囲気。
でも私にはちょっと急な出来事のように思えて、落ち着かずにキョロキョロと駐車場内を見渡してしまう。
そんなことは気にせず、車は奥の方へ。
いつもの定位置であるかのように、柱の脇に止めた。

「で、正解はわかった?」
「え?」

この車は乗り込むのも大変だったけど、降りるのも一苦労だ。
バケットシートから身を乗り出し、何とか車から降りる。

ドアを閉めて、何気なく隣りを見ると白くて綺麗な車。
でも沢山ステッカーが貼ってあって、いかにも走り屋ですって感じ。
高橋くんの友達?なんて思いながらその車の後ろの方に視線を移すと、ひときわ目立つ赤いステッカー。

これって、確か、高橋くんの車にも似たような場所に貼ってあった―――?
高橋くんが私の隣りに来て、ドアの鍵をかける。
その顔を見上げると、意味深な笑み。

―――まさか?

「腹減ったな。さっさと中入ろうぜ。」
「え、ちょっと待ってまさか―――」

入口の階段に向かってどんどん歩いて行ってしまう高橋くん。
結局、私の恐ろしい予想は当たってしまうことになる。