流 10




「何か元気ないな。」
「そんなことないよ。」

普通を装おうとしても、もう、どれが「普通」なのか分からなくなる。
それを誤魔化すように渉さんを求めたけれど、彼が、そんな甘い人間なわけがない。

どうして、私はあいつにちゃんと言えなかったんだろう。
あの言葉を聞いて、頭が真っ白になってしまった。

迎えに来るって、どういうこと?

「心ここにあらずって感じだ。」
「そんなこと―――」

少し不機嫌になってしまった渉さんに、慌てて否定しようと思ったけれど、確かに、そのとおりで。
ごめん、と謝ってしまう。
私の髪を撫でる彼の指が優しくて、つらい。

打ち明けてしまおうかとも、ふと思った。
でも、そんなことをしても何にもならないのだと、すぐに思い直す。
これは私の問題。
私がはっきりとさせなくてはいけない問題。

「ごめんね、ちょっとあって・・・でも、すぐに何とかするから。」

だから、あと少しだけ、あなたの体温を感じさせて。

和美ちゃんは、群馬の年下の男の子と、何度か会っているようだった。
でも、表情はあまり晴れなかった。

「すごくいい子なんです、一緒にいてほっとするし・・・。」

そう言う彼女の笑顔は、どこか作り物めいている。
確かにいい子なのかもしれない。
一緒にいて落ち着くのも本当かもしれない。
でも、和美ちゃんは、前の彼のことを忘れられない。

「自分に嘘をついちゃ駄目だからね。」

そんなことを言う私は、ちゃんと自分に正直に行動しているのだろうか。
顔を俯かせる和美ちゃんを前に、ちくりと、胸が痛む。

もう一度あいつに電話しよう、と携帯を手に取るけど、なかなか手が動かない。
何とか電話しても、結局他愛もない話をするだけで切ってしまう。
あいつも、もしかしたら何か気づいているのかもしれない。
会話の間、なるべく沈黙を作らないで、私が少しでも深刻そうな声を出せば、話題を逸らそうとする。

好きだと告げるのと、別れを告げるのと、同じくらいのエネルギーが要る。
私はそんなことを、今さらながら思い知った。
でも、そんなのは何の言い訳にもならない。

すべてが最悪の方向に流れているのだと、気づいたときは、もう遅かった。

休日の夜、いつものように和美ちゃんと渉さんの家に遊びに行って、渉さんが私を家まで送ってくれた。
どことなく、ぎくしゃくしながらも、それでも何とか彼とはうまく行っていた―――はず。
その日も、家の前に着いたところで、キスして、車を降りて、手を振って別れる予定だった。

マンションの前に止まっていたのは、あいつの、車。
そして、そこから出てきたのは、当然、あいつ。