流 3




和美ちゃんとは、休みの日も会うようになっていた。

結局のところ、うまが合ったんだと思う。
ちょっと生意気なところはあったけれど、その分責任感は強い。自分をしっかりと持っている女の子。
恋愛では、ちょっと弱気なところもあったけれど。
彼女も私のことは慕ってくれていた。

映画を見に行ったり、買い物をしたり。
帰りにレストランに入ってご飯を食べることもあったし、私の家に行って一緒にご飯を作って食べることもあった。

「今度はうちに来ませんか?」

にこりと笑ってそう言ってくれる彼女の誘いを断る理由なんてない。
じゃあ、一緒にビーフシチューを作ろう、そんな話をした。

あいつには電話しなかった。
あいつからも電話してこなかった。
もう、どうでもよくなっていた。

私と和美ちゃんのデートが、彼女の恋人によって邪魔される回数も減ってきたように思うのは、気のせいだろうか。
最初は二人で会っていると、三回に一回の割合くらいで、彼氏から電話がかかってきたりしていた。
それが、最近なくなってきているんじゃないか―――なんて、余計な勘繰りだろうか。

「私、ちゃんとビーフシチューって作ったことありませんよ?」
「大丈夫よー、デミグラスソース入れておけば、それっぽくなるって。」

そんなことを笑って話しながら、スーパーで材料の買出し。和美ちゃんの家に向かった。
両親は旅行に出かけていていないと言う。
お兄さんも、たぶんすごく遅くなるんじゃないかと言うことだった。
とりあえずお茶でも、と通された居間には、何やらいろんな部品や雑誌が転がっていた。

「わっ!すいませんっ!!もう、お兄ちゃんたら、あれほど片付けてって言っといたのに。」
「これなぁに?」
「車のパーツです。お兄ちゃん、車弄るの好きで・・・。」

和美ちゃんは慌てて、その辺に散らばっていた「パーツ」を片付ける。
私も片付けを手伝い、近くにあった本を手にとってパラパラと捲った。
私はどちらかと言えば、車は普通に走ってくれればそれでいいと言う方だったから、「チューニング」と言われてもピンと来ない。
そういう世界があるというのはもちろん知っているけれど。

「お兄さん、よく峠に行くとか言ってたっけ。」
「はい。もう『よく』どころじゃなく、『毎日』ですよ。」
「ふーん・・・こういう世界も、やっぱりハマると面白いんだろうね。」
さんも、車とか興味ありますか?」
「うーん、あんまり・・・。でも、何かに熱中できるってのは、羨ましいな。」
「お兄ちゃんのは、もう病気です!」

怒ったような口調でそう言う彼女の顔は、ちょっと恥ずかしそうに笑ってる。
お兄さんが好きなんだな。
彼女がお兄さんの話をするときは、大概嬉しそうに笑っていて、恋人の話をするときよりも寧ろ幸せそうだった。
そんな彼女の笑顔を見ていると、ちょっとそのお兄さんに会ってみたくなる。
―――なんて、そう思ったことなんか、次の瞬間にはすぐに忘れてしまうんだけど。

コーヒーを飲んで、そんなお兄さんの困った話を聞いたりして、ビーフシチュー作りに取り掛かる。
お互いそんなに料理が得意な方じゃない。
でも、危なっかしい手つきを笑い合いながら料理を作るのは楽しかった。
うまく行ったら自慢話、失敗したら笑い話。
今日のシチューは、何とか自慢話に入る出来だった。

料理で余った赤ワインを飲みながらおしゃべりしていると、外で大きな車の音がした。

「あ、お兄ちゃんが帰ってきた!」
「え?!」

別に慌てることもないんだけど、まさか今日は会わないだろうと思っていたから、ちょっと予定外で焦った。
特にまずいことはないよね、和美ちゃんはもう二十歳だからお酒飲んでても平気だし・・・。
今さらながら、いろいろと身の回りのことを確認する。
和美ちゃんも予想外の展開で落ち着かない様子。そわそわとソファから立ち上がり「ちょっと見てきます」と玄関へと向った。

ガチャリ、と玄関のドアの開く音がして、男の人の低い声がする。
和美ちゃんの声と交じって、だんだんと居間に近づいてくる。
とりあえずご挨拶―――と、私もソファから立ち上がり、入り口のドアを見つめた。

「―――あんなに片付けておいてって言ったのにー。」
「ああ、悪い。」

どうやら部屋を散らかしたままだったことを咎めているらしい。
たとえ妹でも、やっぱり男は女に弱いもの?そんなことを思ってちょっと笑う。
入り口のドアノブが回り、勢いよく、やや乱暴に開けられるドア。
私を見て、少し驚いたような顔。

「お兄ちゃん、こちらがさんだよ。」

妹と同じ、芯の強そうな目。
とにかく、その目が、印象的だった。