流 5




「昨日のビーフシチュー、お兄ちゃんが旨いなって褒めてました。」

次の日、会社で一緒にお昼を食べていると、和美ちゃんが嬉しそうに笑って言った。

「昨日のシチューはなかなかの出来だったもんね。」
さんは料理が上手なんだなって、何度も言ってましたよ。」
「ちゃんと否定しておいてくれた?」

二人でコンビニのお弁当をつつきながら笑い合う。
料理が上手いなんて、あいつには一度も言われたことがなかったな。
努力家なのは認めるって言われたけど。
ぼーっとそんなことを考えていると、いきなりの和美ちゃんの台詞。

さんの付き合ってた人って、この会社にいたんですよね?どんな人だったんですか?」
「―――え?」
「やっぱり、ビジネスマンって感じでビシッとした人だったんですか?」

なんで急に和美ちゃんがそんなことを言い出したのか分からなくて、私は目を白黒させた。
それとも今私が考えていたことが見透かされたんだろうか?そんな馬鹿なことまで考える。
呆然とする私に、慌てて和美ちゃんは謝った。

「ごめんなさい、急に変なこと聞いちゃって。」
「ううん・・・。」
「あの・・・おにいちゃんみたいな人ってどうなのかな、って思って。」
「え・・・?」

私はまた言葉に詰まって和美ちゃんを見る。
いきなり何でそんなこと?
分かるような、分からないような。知りたいような、知りたくないような。

「・・・かっこいいお兄さんだよね。」
「えっ!でもほんと、融通利かなくて、一つのことにのめり込むと周りとか全然見えなくなって困っちゃうんですよ。」

と、そこまで一気に言って、慌てて両手で口を押さえる。

「え・・・と、でも、真面目だし、一途で・・・。」
「うん、そんな感じだね。」

顔を赤くして必死にフォローを入れる彼女が可愛くて、思わず笑みを漏らす。
うん。真面目な感じ。恋人なったら大切にしてもらえそうな感じ。
そんな、幸せなカップルを想像する。
隣りが私―――と言うのは、全然想像がつかなかったけど。

「またうちに来てくださいね。」
「うん。」
「今度は和食に挑戦してみませんか?」
「えー?和食は難しいんだよ?」

私はそのときは何も深く考えなかった。
お兄さんが私にいい印象を持ってくれたのは分かったけど、ただ、それだけだし。
和美ちゃんの意図だって、はっきりとは分からなかったし。

あいつとは、もう続いているのか、自分でも分からなかったし。

もう暫く流れにまかせよう。
もうちょっとしたら考えよう。
そんなふうに―――逃げた。

いろいろと面倒なことを先送りにしてしまうのは、私の悪い癖だった。