流 8




私は渉さんが好き。

そう、はっきり認めることが出来るようになった。
はっきりと、この人と、一緒にいたいと思える。
彼の方も、かなり照れくさそうではあったけれど、私を好きだと、言ってくれた。

これであいつを忘れて、渉さんのことだけを考えることが出来る。
幸せな気分、満ち足りた気分。
―――でも、どこか、何か、引っかかるような、すっきりしないのは、何でなんだろう。
ちゃんと、別れようと言わなかったから?
でも、もう半年以上経つのに、今さらそんな話をしなきゃいけないんだろうか。

別に、このままでいい。
あいつも、あいつできっとうまくやってる。

そんな開き直りに近い感情を持ち始めた頃、和美ちゃんが、浮かない顔をよく見せるようになった。
あまり彼とはうまく行っていないことは前から知っていたけど、最近は特に元気がない。
彼女から話してくれるまで、あまり立ち入らないようにしようと思っていたけど、やっぱり心配になって声をかけずにはいられなかった。
少し戸惑った表情を浮かべた後、思っても見なかった台詞。

「私、あの人と別れようと思うんです。」
「え・・・?」
「何かもう、よく分からなくて・・・疲れちゃって。」

そう言って笑って見せる彼女の表情は、とても、年下の女の子のものとは思えない。
よく考えてみて。
なんて言うことは簡単だけど、たぶん、彼女は今までだってすごく、すごく考えたんだろう。
それに、私がそんなことを言えた立場じゃない。

いつも考えることを後回しにして、流されるに任せて。
こうやって、はっきりと決断する彼女のほうが、きっと、よっぽど大人なんだ。
私は、急に恥ずかしくなった。

次の日、仕事の帰りに会った渉さんは、どことなく機嫌が悪そうだった。
どうしたのか聞いてみると、和美ちゃんのこと。

「何となく、気に入らないんだ。」

珍しく、お酒のペースが早い。
ビールの入ったグラスを、彼は一気に空ける。

「あいつ、ちゃんと男の方と話し合いをしてないらしいんだよ、家に電話かかってきても居留守使うし。
別れたいなら別れたいで、ちゃんと話せばいいんだ。」

「逃げてちゃ、だめなんだよ。」

最後に、ボソリと呟くように吐かれたその台詞が、まるで自分に言われたようで、どきりとした。
和美ちゃんを庇うような言葉も思い浮かばず、心の底の方に、じわりじわりと何かが溜まって、それが息苦しくて。
私は、ほとんど逃げるように帰ってしまった。