流 9




和美ちゃんは、相変わらず元気がない。
たぶん、まだ、彼から逃げている状況なんだろう。

私は敢えて彼のことには触れなかった。
いつもと変わりなく接して、いつものようにお昼を一緒に食べたり、休日に会ったりした。
少しでも彼女の気が紛れるように―――なんて、そんな綺麗な感情じゃなくて。
気を紛らわしたかったのは、私の方。

そうやってずるずると日々をすごしていた時、和美ちゃんにデートの約束が入った。

「明日も和美ちゃんの家に行くから、よろしくね。」

前もって渉さんとは約束していたから、仕事が終わってから会社のロッカールームでそう和美ちゃんに告げた。
すると、彼女はちょっと照れたような、でも少し困ったような顔をした。

「私、明日は出かけちゃうんです。」
「あ、そうなんだ。デート?」

ちょっと軽い気持ちで聞いたら、意外にも彼女は頷く。
まさか、彼氏と?
そう思った私に、和美ちゃんは慌てて付け足した。

「前に群馬で知り合った子なんです。」

以前、ここに就職する前に親戚の旅館を手伝うために行った群馬で、親切にしてくれた男の子らしい。
今まですごく年上の彼と付き合ってきた彼女が、年下の子とデートするのがちょっと意外な感じがしたけれど、
でも、その子が少しでも和美ちゃんを癒してくれればいいな、と、心から思った。

私も、こんなふうに、何となく流されてちゃいけないんだ。
怖いけれど、逃げてちゃ、いけない。

家に帰って、あいつの、携帯の番号を呼び出す。
もう短縮からは外れてしまったけれど、メモリーには入ってる。
通話ボタンを押す。
出なければいいと、一瞬、思ったりもした。

けれど、すぐに、繋がる。

?」

ああ――― 一体、どれくらいぶりだろう?
この男の声。
昔は、一分でも、一秒でも、長く聞いていたかった声。
まったく変わらない、明るい声で、私の名前を呼ぶ。

「久しぶりだな、元気だったか?」
「・・・うん。」

まるで、何事もなかったかのように、普通に話す。
いや―――確かに、何事もなかったんだ。なさすぎたんだ。

「連絡くれないから―――どうしてるかと、思って。」

私、緊張、してるんだろうか。
声が震えそうになるのを必死に堪えて、言葉を続ける。
でも、そんな私とは対照的に、こいつは少し懐かしそうに声を低めて、優しい声を出す。

「なかなか落ち着かなくってさ。もうちょっとしたら―――なんて思ってるうちに、ずいぶん経っちゃったな。」

お前も連絡くれないしさ。
そう付け足すように言った台詞は、ぜんぜん、非難めいてはいなかった。
私は、罪悪感を微かに抱きながらも、携帯を持ち直し、今日の電話の目的を達しようと、息を吸い込む。

好きな人が出来たの。

そう、言おうと思ったのに。

「お前、浮気とかしてないだろうなー。」
「―――え?」

次の彼の台詞に、何も言えなくなってしまった。

「もう少ししたら、お前のこと、迎えに行こうと思ってたんだよ。」