流 7




あいつと連絡が途絶えてから、半年近くが過ぎた。

あいつとの距離が広まった分、渉さんとの距離は狭まって。
あいつのことを考えなくなった分、渉さんのことを考えるようになった。
だんだん緊張も解けて、彼のそばが居心地よくなって、そして、もっと欲が出てくる。

この人に触れたい。

渉さんとは、会社帰りに待ち合わせて一緒にご飯を食べたりすることが多くなった。
もちろん、和美ちゃんに招待されて休日に家に行く回数も増えていく。
別に何をするというのでもなく、リビングで三人、他愛もない話をしたり、彼が車を弄るのを傍で眺めたり。
私は車のことはぜんぜん分からないけど、でも彼が真剣な顔をして車を弄るのを見ているのは好きだった。
熱中しだすと、私のことなんて目に入らなくなってしまって、そういう時はちょっと苦笑するけれど、
でも、そんなふうに周りのすべてを忘れて熱中する彼が、ただ純粋にすごいと思った。

その姿に憧れた。
たぶん、私は全部が中途半端だから。

その日も、三人でお昼を食べた後、私と渉さんはガレージにいた。
和美ちゃんは何か用事があると言って出かけてしまったけれど、もしかしたら気を利かせてくれたのかもしれない。
そんな妹の気遣いも、彼の前では無駄になってしまいそうだ。
相変わらず彼は、自分の愛車のボンネットを開き、手にはめた軍手を真っ黒にして何かを弄っている。

汗が、渉さんの額を伝う。
すごく、綺麗に見えて、思わず手が伸びかけたけれど、すぐに彼の腕で拭われてしまった。
私のその宙ぶらりんな手を不思議に思ったのか、彼がちょっと笑って私を見る。

「どうした?」
「・・・何でもない。」

私は少し拗ねたような顔をして手を引っ込める。
渉さんは、私が相手をしてくれないから拗ねていると思ったのか申し訳なさそうに片目を細めた。

「あと少しで終わるから。」
「大丈夫よ、気にしないで。」

そう言って微笑むと、彼は苦笑を浮かべて、また車に向き直る。
こうして見る彼の横顔は好きだけど、何となく、ちょっとだけ面白くない。

「これで終わりだ。」

独り言のようにそう呟き、彼は何やらバルブを締める。
ふうと息をつきボンネットを閉めたところで、私は立ち上がった。
彼が軍手を外していて、手が自由にならないことをいいことに、その汗で微かに湿った髪をかき上げる。
私は今、自分がどんな顔をしているのか、よくは分からない。
渉さんの瞳に映っている自分の姿はあまりに小さすぎて、表情まで知ることは出来ない。

・・・?」

汗のにおい、オイルのにおい―――彼の、におい。
くらくらして、私は目を、閉じる。
首筋に触れた彼の手が、少しひんやりして小さく身を竦める。
けれど、そんな冷たさなんてほんの一瞬。
彼の唇は温かくて、絡ませた舌はすごく熱くて、それが伝染して私の体の熱も上がってくる。
押さえきれないくらいに。

「―――ん・・・。」

彼の首に手を回し、彼の手が私の腰に回り、何度も、角度を変えて口付ける。
満ち足りると同時に、なぜか渇く。
足りなくて、必死に求めて、気がおかしくなるくらいに、絡ませる。

「部屋に―――」

戻ろうと言いかけた彼の言葉を遮り、私は首を横に振った。
そして、彼に腕を絡ませたまま、何とか、声を出す。

「―――ここでして。」

結局、私は何だかんだ言っても、この彼の車に嫉妬していたんだと思う。