闇 4




「今度高橋の弱点とか教えてよ。」

彼女の携帯の番号をなかば強引に聞き出して、俺の番号も押し付けた。
とは言っても、電話するのはもっぱら俺の方で、しかも誘い出しても三回に一回は断られる。
それが彼女にしてみれば望みのある確率なのかどうか分からないけど、俺にとっては結構ショックだ。いや、正直屈辱的。
バイトがある、英会話スクールがある、友達の見舞いに行かなくちゃいけない。
文系の大学の、しかも、まだ一年。
普通なら遊ぶ時間なんか山ほどあるはずだってのに、彼女には常にびっしりとスケジュールが詰まってる。
忙しくなきゃ落ち着かない性質なのか、そう言うところは幼なじみの誰かに似てるよな。

そんな彼女の忙しい時間の合間に会う。
会うとは言っても、別に一日デートするわけでも飲みに行くわけでもなく、飯食ったりお茶したり、その程度だけど。
それでも自分のために時間を割いてくれるだけ望みはあるのか?
―――なんて、そんなこと考えるのも久しぶりだ。

「涼介さんの弱点なんて、私にも分かりません。片桐さんの方が知ってるんじゃないんですか?」
「あいつは何考えてるか分かんないからなぁ。」
「それは確かに、そうですね。」

あいつ、今頃大きなくしゃみしてるぞ。二人で車の中で声を出して笑う。

高橋の話をしているとき、彼女が何となく綺麗に見えた。
あからさまに顔を赤くしたりするわけでもないし、幸せそうな笑顔を見せるわけでもない。
寧ろ、一瞬痛みか何かに耐えるような、切なげな表情をする。それがすごく、例えようもなく綺麗だった。
何て言うか―――壊したくなるような。
自分の目の前で他の男の話をする女の顔がイイなんて、馬鹿げてる。
それなのに、あいつの話題を振るなんて、俺にはマゾヒスティックな嗜好があるのか。
それとも、そんな痛みを彼女に与えるのは、サディスティックな嗜好なのか。

「ああ、でも一つだけ、あいつの弱点が分かったかな。」
「何ですか?」
「んー、教えてあげない。」

何やってんだろうなぁ、俺。
ときどき、すごく虚しくなってムカついてきたりする。
でもやっぱり会いたくなる。
話が面白いからとか、一緒にいると落ち着くからとか、可愛いからとか、そう言う明確な理由じゃなくて、これは一種の引力に近い。
この子と会えば、楽しいことばかりじゃないって分かってるのに、どうしても、会いたくなる。
それは会う回数が重なれば重なるほど顕著だ。

ちゃん、あいつの弱点なんか知ってどうするの?」
「じゃあ片桐さんはどうするんですか?」
「え、そりゃあ苛めるに決まってるでしょ。」

ちゃんがわざとらしいくらい呆れた目を俺に向けてきたから、ニヤリと笑って見せた。
実際、今も苛めてるんだよね。
あれ以来、あいつの前では、わざとこの子の話をしていない。
あいつは気になって気になって仕方がない様子。
とは言っても相変わらずポーカーフェイスは上手いから、他のやつには何の変化も感じ取れないだろうけど。
俺には、どうなったのか聞き出したくてしょうがない、と言う様子が手に取るように分かる。
でも何も話してやらない。
ちゃんと高橋から聞いてきたら、話してやらないこともないけど。
いや、やっぱり勿体ない、かな。

「片桐さんって、いい性格してますよね。」
「ええ?ちゃんに言われるなんてショックだなぁ。」

どうして聞いてこないんだ?
ただの幼なじみなら、心配する兄らしく「どうなってるんだ?」って聞けばいいだけの話だろ。
ちゃんにはこれ以上近づくなって、言えばいいだろ?
あいつ、微妙に言ってることとやってることが矛盾してるよな。
おかしいだろ。
一体、この子の何があいつを狂わせてるって言うんだろう?

普通だろ?
確かにちょっと独特の雰囲気はあるのかもしれないけど。でも、普通の女の子だろ。

ちゃんと初めて会ってから約一ヶ月。
高橋の顔からだんだんと苛立ちの色が薄れて来ていた。
俺が全然彼女の話をしないから、会っているなんておくびにも出さないから、諦めたと思ったんだろう。
そうだよな、俺もよく続いてると思う。
女とのこんな中途半端な関係が、こんなに長く続くなんて思ってもみなかった。
今頃になって彼女の名前を出したのは、嫌がらせ以外の何ものでもない。
いや、俺ばっかりが彼女に翻弄されるのはムカつくから、一種の八つ当たり、かな。

「ああ、そうだ。ちゃんの友達、昨日退院したらしいぜ。」

完璧なポーカーフェイスだった。
完璧すぎて逆にボロが出たよな、高橋。

「よかったよなぁ。」
「・・・ああ、そうだな。」

止めるんなら、今のうちだぜ。
お前がなりふり構わず止めるんなら、諦めてやらないこともない。
―――なんて、もう、手遅れか?