闇 5




は昔からもてないわけではなかった。
表立ってちやほやされることはなかったが、実は密かに思いを寄せていたと言う男が多かった。
それは中学から、いや、もしかしたら小学生の頃から。
高校は俺たちと違う所に行ったから、どうだかは分からない。

あいつが知らない男と一緒にいるところを初めて見たのは、二年ほど前だ。
啓介もやっぱりそれを見つけて、相当ショックを受けたようだった。色々ゴタゴタしたりもした。
でも、俺は平気だった。自分でも少し不思議なくらい、すんなりと、その状況を受け入れた。
あの男とは、結局半年ぐらいで別れたと言っていたのは啓介だったか。

そのときと今と、一体何が違うと言うのだろうか。
相手の男が、自分の知っている人間だからなのか。
それだけでこんなにも苛々とするものか?
なぜ落ち着かないのか、何に苛立つのか、明確な答えが見出せない。

片桐の口から突然出た、あいつの名前。
その口調も、タイミングも、全てがとても効果的だったよ、片桐。
俺は次の会話をシミュレーションする余裕もなく、ただ間抜けな相槌を返しただけ。
まだあいつのことを気にしてたのかと、眉根を寄せながら言うべきだった。
まさか本当に待ち伏せでもしたのかと、呆れて聞くべきだった。
そんなことを今さら言っても仕方がないが。

片桐の真意が分からない。
友達が退院すると言う話をしたきり、あいつの名前は口にしない。
俺への嫌がらせだと言うのなら、もっと俺の前であいつの話題を出してもいいものなのに。
結局、ほんの一時の興味に過ぎなかったのか。
そう考えることも出来なくもなかったが―――それは、ないと思った。殆ど直感に近い感覚で。
相変わらず、皮肉で始まり皮肉で終わる会話。
俺との関係は以前と何ら変わることがなかったが、あいつはどことなく、いつも楽しそうだった。

「何か、最近遊んでねぇなぁ。」

ぶつぶつとそう言う割には、その口調は明るかった。
その原因があいつだなんて、そんな根拠はどこにもないんだが。

本気、なのだろうか。

あいつは、どうなんだ?
最初は嘘までついて誘いを断ったくせに、今は頻繁に会っているって言うのか?
どう言うつもりだ?何を考えてる?

こう言うとき、啓介なら何も考えることなくすぐに本人に問いただすだろう。直接家に乗り込んででも。
俺だって―――片桐に聞けばいい。
あいつとはどうなってるんだ?
幼なじみを心配する兄として、恋愛の行く末に単純に興味を示す友人として、軽くこう聞き出せばいい。
それなのに、いざ片桐を目の前にすると、声が出ない。
そんな自分に苛々する。



その日は、珍しく午後一の講義が休講だった。
午前の講義が終わり、飯を食って図書館でも行こうかと考えている俺の横で、片桐は慌しく鞄に荷物をしまい走って教室を出て行った。
そして午後の講義が始まる直前に、また慌しくバタバタと教室に滑り込んできた。

「あぁ、間に合った。」
「忙しい奴だな。」
「お前には負けるけどな。」

隣りの席の前に立ち、走ってきて暑いのか手で扇ぐ。
いつものように机の上に乱暴に鞄を置いて、上着を脱いでその上に置く。

そのとき、何か違和感を覚えた。

「―――どうかした?」

まだ手をパタパタとさせている片桐。

「いや、何でもない。」

俺は何にも気づかなかった振りをして前を向き、シャーペンを握りなおす。

「変な奴だなぁ。」

呆れたような片桐の顔。
俺も、自分で自分に呆れる。
何で―――何で分かったんだ?


あいつの、匂いが。