deception 13




バトルを週末に控え、は最終調整に入っていた。

この前の週末には、松本も一緒に来ていてセッティングも大体決まったらしい。
あとは現地での微調整と言ったところだろうか。
も、少し前まではちょっと思い詰めているような感じがして、傍から見ていて心配になったが、今はだいぶ落ち着いて見える。
直前になって腹が据わったのか、それとも何かきっかけでもあったのか。
そんなことを考えながらケンタが少し離れた所に立ってを見ていると、後ろから啓介にどつかれた。

「なにのこと睨んでんだよ!」
「なっ・・・睨んでないっスよ!」
「そうかぁ?じっと見てるから、てっきり睨んでんのかと思ったぜ。」

を見ていたことがばれたことに対する気恥かしさと、「見つめてる」ではなくて「睨んでいる」と思われたことに対する少しの安堵とがない交ぜになって、顔を赤くしつつも複雑な表情をする。
―――とは言え、この暗がりではケンタの顔色など他人には判別不能かもしれないが。

「何か言いたいことがあんなら、ハッキリ本人に言えよ。」
「別に言いたいことなんてないっすよ。」
「ふーうん?大人しいケンタって気持ち悪ぃな。」

好き放題言ってくれる。
しかし、何か言いたい気もするのだが、全然言葉が浮かんでこない。
励ますのは今さらガラじゃないように思う。
でも、負けちまえ、という気持ちは全くなかった。

「ケンタさん、あそこのコーナーの出口、いつもフラフラして怖いです。」とか、面と向って真顔で言って来るムカつく奴だが、負けて欲しくないと思う。
それは、レッドサンズの名前に傷が・・・と言う問題ではない。
」があの男に負けて欲しくない。

チームの人間の多くが、のデビュー戦が近付いてきてソワソワし始めた。
誰もが何かしてやりたくて、普通に激励の言葉をかけたり、アドバイスをしたり、わざと他愛ない話をしたりする。
もちろん中にはそうでない人間もいる。
二軍に入った新入りが涼介に直々に指導され、昔からの知り合いとは言え松本に車のセッティングをしてもらっているのだから、面白くないと思う者がいてもおかしくはないだろう。
そう言う人間に限って、もうの車にはついて行けなくて、「涼介さんに直接見てもらっているんだから」という醜い負け惜しみを言う。

ケンタも全くそう言う感情がないわけじゃない。
ずるいと思うこともあるし、直接本人にも「お前ずりー!」と言うこともある。
けれど、涼介に応えようとする彼女の姿勢を、果たしてケンタにも真似できるかどうか、ちょっと自信がない。

がどんどん速くなっていく。
それを見てケンタもやばいと思って走りこむ。
彼女の存在は、ケンタにとってマイナスよりもプラスの部分の方が大きかった。
毒舌には時折ムカつくが、嫌いじゃない。

啓介がの方へ歩いて行くので、ケンタもそれについて行く。
言うべき言葉は何も浮かばないまま。

「よお、ちゃんと食ってるか?」
「・・・最近、会うとそればかり聞いてきますね。」
「お前の顔が肉かラーメンにしか見えねぇもん。」

は見かけによらず大食漢だ。
啓介とがご飯を食べに行く時にケンタもついて行ったことがあるが、肉なら二三人前余裕で平らげるし、ラーメンなら替え玉を注文しないことはない。
牛丼なら特盛りで、そのあとコンビニでおにぎりを買ったりしている。
どこにそれだけの物を詰め込む場所があるのだろうか。
大概それは啓介の奢りなのだが、「お前は本当に遠慮がねぇな!」と呆れながらも結構楽しそうだったりするのだから不思議だ。
―――いや、それも分からないでもない。

「ケンタが久々にお前と走りたいってさー。」
「えっ!」

いきなり身に覚えのない要求を代弁され、ちょっと慌てる。
「違うのかよ?」と冗談ぽく笑いながら聞いて来る啓介。
違う―――いや、違わないのか?

「あ、じゃあお願いします。」

も特に何の反論もなくペコリと頭を下げる。
何かしおらしくて気持ち悪いな、と思ったら、すぐに彼女らしい台詞が続いた。

「俺について来れますかね?」
「お前、調子に乗ってんじゃねぇぞ!後から行ってぶち抜いてやる。」

ああ―――
次の瞬間に、を嫌えない理由がちょと分かる。
ムカつくこと言うけれど、その後のこの笑顔は―――ちょっと、好きだ。