deception 33




は、壁際にあったソファに倒れ込むように座る。
周囲の華やかな雰囲気にそぐわないため息をつきながら。

「はあ……」

ここに来るまでは、隣りの涼介に恥をかかせないように常に笑顔を心がけようなんて思っていたのだが、その決心を最後まで持続させることが出来なかった。
まさかここまで質問責めにあうなんて思ってもみなかったのだ。
ソファに深く腰掛け、少し離れたところで白髪の紳士と話をしている涼介を眺める。
やっぱり私はこう言うところは場違いだな。
そんなことを思いながら、また小さなため息。

親戚が毎年開くイヤーエンド・パーティー。
も一緒に来てほしいと涼介に言われたのは、大学が冬休みに入ってすぐの頃だった。
彼女は今まで「パーティー」なんて名の付くようなものに出たことがない。
「誕生会」とか「クリスマス会」程度のものならあるが。
涼介のその家の大きさとか、時たま聞く家族の話から、そのパーティーを開く親戚と言うのはこれまたの想像を超える人たちに違いない。
涼介と新年を迎えたいという気持ちはもちろんあったけれど、やっぱりそんな場所には行けないと、ぶるぶると首を横に振った。

「そんなに堅苦しく考えなくても大丈夫だよ。内輪の集まりだしね」
「でもそう言うのって出たことないし……」
「そうか……困ったな、もう先方には『彼女を連れて行く』って言ってしまってるんだが」
「よっ、余計行けませんよっ!」

は涼介の台詞を聞いて更に激しく首を振ったが、結局説得されてしまった。
なんだかんだ言って、この涼介に抗うことは不可能に近い。
それでもいいと彼女自身も思っているのだから、これはこれでよいのかもしれないが。

、お疲れ〜」

ぐったりとしているのもとに、暢気に手をヒラヒラとさせながら啓介が近付いて来る。
色々な人間に次々と質問されている様子を遠くから眺めて楽しんでいた悪趣味な啓介に、は非難の目を向ける。

「いやー、やっぱ女って怖ぇよな!質問っつーより嫌味の応酬っつうの?」
「……そう言いながら、何でそんな爽やかな笑顔なんですか」

ジトリと睨むを気にせず、啓介はその隣りにドカッと腰掛ける。
一瞬、離れた場所にいた涼介がこちらをチラリと見た気がして、ちょっと笑う。
どうやら気になって仕方がないらしい。
アニキもホント、しょうがねぇなぁ。心配ならこんな所に連れて来なきゃいいのにさ。
そんなことを思う啓介も、兄の気持ちが分からないこともない。
宝物を自慢したい。そんな気分だったのだろう。
でもその宝物は矢次早な質問に疲労困憊。

「でもま、しょうがねぇよ。アニキがこんなトコに女連れて来たのなんて初めてだからなぁ」
「……男の恰好して来ればよかったです」
「そりゃ無理だろ」

親戚たちに紹介されたは、挨拶もそこそこに質問責めにあった。
大学はどこだとか、父親は何をしているのかとか、実家はどこだとか、兄弟は何人いるんだとか。
どうでもいいような質問ばかり。
彼女が大切に育てられて来たことは誰にでもすぐ分かる。
けれど特別お嬢様と言うわけじゃない。
彼女の返答に優越感丸出しの女が嘲笑を浮かべていたりしたが、自身にはそんな女たちの考えていることなど見当が付かず首を傾げるだけ。
そんな彼女の様子に、遠くから見ていた啓介はほっと胸を撫で下ろしたりしていたのだが、実は兄はこんな彼女の反応を予想していたのかもしれない。
そうじゃなきゃ、いくら強引な兄でも、いくら見せびらかしたくてもをこんな場所に連れて来ることなんてしなかっただろう。
―――とは言っても、疲労は避けられなかったようだが。

「食に走ってもいいですか」
「おう、食え食え。取って来てやるよ、何がいい?」
「え、いえ、自分で取って来ますよ」
「今日はお姫様のために奉仕してやるよ!」
「……後が怖いんですけど」
「ほんっと、お前って素直じゃねーよな!」

せっかく綺麗に整えたの髪をぐしゃぐしゃとかき回し、啓介は料理の並ぶテーブルへ。
そしてちょっとした意地悪をしてやろうと山盛りの料理を皿に載せてに運んだが、彼女は全く気にせず「ありがとうございます」と言ってペロリと食べてしまった。
どんなに可愛い格好をしてものままだ。
啓介はそんな彼女の頭をまたガシガシと力強く撫でる。

ちゃーん」

何するんですかと、が口を尖らせかけたとき、緒美が両手をパタパタと小さく振って二人のもとへやって来た。
紺色の上品なワンピースに、髪にはお揃いの色のリボン。
にこにこと微笑む姿は本当に可愛らしくて、女のでも見とれてしまう。

「涼兄は?」
「あっちでジジイ共の相手」
「もう!ちゃん放っておいて、何でそんな人たちの相手なんかしてるの?」
「あ、いや、緒美ちゃん、私が戦線離脱しちゃっただけだから……」

緒美が頬を膨らませて遠くにいた涼介を睨むと、それに気づいた本人が小さく肩を竦めた。

初めて緒美がを紹介されたときは、何となく兄を取られてしまったような気がして、正直ちょっと面白くなかった。

「前の涼兄の彼女とはタイプが違うのね」

思い切って言ってみた嫌味。
言った直後に、ちょっと自己嫌悪に陥りながら。
実際には涼介の彼女になんて、今までちゃんと会ったことなどなかった。
こうやってきちんと紹介されることは初めてだった。
緒美の台詞に、は彼女の隣りでゲームのコントローラを握ったまま「ああ、うん」なんて素っ気ない返事。

「それ、啓介さんにも言われた」
「え、啓兄にも!?」
「もうちょっと色気出せとか言って、変な雑誌のグラビアとか見せて来るの。家で水着なんか着てられないって」

そう言って、小さなガッツポーズ。
どうやらレーシングゲームで啓介のタイムを抜いたらしい。

―――涼兄って、変な趣味!

そんな彼女にやきもち焼くのも馬鹿馬鹿しくなって、結局三番目の兄のような感じで慕うようになってしまった。

はアニキの隣りでニッコリほほ笑んで客の相手するってガラじゃねぇよなぁ」
「ほっといて下さい」
「でも、黙っていれば涼兄とは結構お似合いのカップルに見えると思うよ」
「あんまそれフォローになってないよ、緒美ちゃん……」
「―――楽しそうだな」

涼介が呆れたような笑みを浮かべながら現れると、緒美はうれしそうに目を輝かせてその腕に抱きついた。
そんな彼女を見ると、はやきもちと言うよりも、羨ましいと思ってしまう。
自分はそんなふうにストレートに感情を表現することはできないから。
こんなふうに抱きつくことは、たぶん一生ないんだろうなぁ。
そんなことを思いながら、コッソリとため息。

「涼兄、啓兄がちゃんを苛めてるよー」
「てめぇ!自分のことは棚上げかよ!」

涼介の腕にしがみつきながら、あっかんべをする緒美に舌打ちする啓介。
この二人はいつもこんな調子なのだと、この前涼介がため息交じりに話していた。
何だかじゃれあう子犬のようで可愛い。
―――啓介に「可愛い」と言う表現を使っていいものかどうか悩むところではあるけれど。

「アニキ、挨拶回りは終わったのか?」
「ああ。すまないな、、引っ張り回してしまって」
「あ、いえ、私こそすいません、最後まで一緒に挨拶出来なくて」
「いいんだよ!別にアニキの奥さんじゃねーんだから!」
「でも未来の奥さんとしては、今のうちから顔売っておいた方がいいよね」
「……まだ苛めは続行中ですか」

そんなツッコミで、は気恥かしさを誤魔化す。
未来の奥さん。
緒美には軽い気持ちで言った台詞に過ぎないのかもしれないが、今までそんなことを一度も考えたことがなかった分、不意打ちで、妙に意識してしまう。
チラリ、と窺うように涼介を見上げる。
バチリと目が合って、いつも以上に綺麗な微笑を向ける涼介に、は慌てて目を逸らす。

「あ、もうじきじゃない?」

緒美のその言葉と共に、会場がさっきまでとは少し違う雰囲気に包まれる。
何だろうと首を傾げるの耳に、カウントダウン5分前を伝える声。

ちゃん、手繋ご!」
「えっ?」
「涼兄は反対側ね!」
「ちょっと待てよ、俺は!?」
「啓兄は、おじ様とでも繋いで来たら?」

再びバチバチと火花の飛び交う啓介と緒美の隣りで、何のことやら分からないは目をパチパチとさせるばかり。
そんな彼女の手を握りながら涼介は優しく微笑う。

「毎年、新年を一緒に迎えたい人と手を繋いでカウントダウンを始めるんだよ」
ちゃんはもちろん涼兄と迎えたいよね!」
「え、あ、うん……そうだけど……緒美ちゃんや啓介さんとも迎えたい、かな」
「ほら見ろ!緒美、そこどけ!」
「ちょっと啓兄、ちゃんと聞いてなかったの?ちゃんは、わ、た、し、と、啓兄とも一緒にって言ったのよ?」
「ほら、お前たち、そんなこと言ってるうちにカウントダウンが始まるぞ?」
「緒美はアニキと手ぇ繋げよ!」
「えー?」
「俺とじゃ嫌か?」
「そうじゃないけど……」

何だか負けた気分。
ちょっと不満そうにそう零した後、涼介と手を繋ぐ緒美。
でも次の瞬間には、いつもと同じ笑顔を涼介に向ける。
そんな彼女を見てつい笑みを零す
その彼女の手を啓介はグイと引っ張って、手のひらを重ねる。

「来年はハードな一年になるぜー?、ちゃんとついて来いよ!」
「啓介さんこそ、置いて行かれないようにして下さい」
「私も早く免許取りたいなー」
「緒美には必要ない」
「世のため人のため、免許なんか取ってくれるな」
「二人とも素直じゃないですよね。心配だから取らないでって言えばいいのに」

少し呆れながらがそう言うと、啓介が空いている方の手で小突いて来た。

「いたっ!啓介さん、照れ隠しですか?」
「ばーか!くだらねーこと言ってっと、カウントしそこなうぜ?」

ニヤリと笑って、の手を握る手に力を込める。
の方も抗議の目を向けつつも、同じように握り返す。
そして涼介の手を握っている左手も。

来年も、こうして皆と新年を迎えられるだろうか?
自分の方を見て優しく笑う涼介を見上げながら、そんな気の早いことを考えてしまう。

「カウント始まるよ!」

今年、この三人に会えたことを感謝して。
新しい年をこの三人と共に迎えられることに感謝して。

「5!、4!、3!……」

ずっと―――この三人と笑顔でいられることを願って。